「自宅にアヒルを飼っている」と指揮者のプロフィールの最後に乗せるようになって数年が経ったが、それは僕が音楽家で指揮者である前に、ただの人間であるという表現をしたかったから。アヒルを飼っているという事だけで、色んな広がりが想像されると思うからだった。僕が旅をするときにはその面倒を見る人がいるだろうということも含まれるだろうし。
その「まひる君」=もう爺さんだったが、今朝亡くなったのでそれも書けなくなる。ヨナカさん=雌のアヒルは3年前に亡くなっている。
特にまひるは数回にわたってピーターと狼の最後に登場、演奏の記憶をほのぼのとした喝采で終わらせてくれ、時には自ら舞台下手までの退場さえ演じた。
彼らは、東京、渋谷では普通有り得ない程良い環境に恵まれ、目の前に横断歩道がある庭の垣根は、そのために刈られた子供目線の低い隙間からの子供たちの呼び声で常に満たされていた。身繕いにいそしみ、小さなプールで好きなだけ泳ぎ、庭のミミズを探す毎日だった。彼らの飼料のおこぼれを狙う雀などとも共存していた。
ある日現れたネズミにはさすがに道義も一瞬敵意を抱き、叩き潰そうと棒をもちだした。
しかしそいつはしっかりした奴で、俺と目が合ってしまった。その時のまるでトムとジェリーのネズミのような睫毛の中に見た眼は、僕のあだ名が「ミッキー」であることを思わせ、振り上げた棒を下したことがあった。その後、チビミッキーは現れなかった。
まひる君は埋葬された。
僕はまだだ。まだまだか。まひるだったか。
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