大阪フィル コンサートバレエ

2016.02.23
大阪府 : フェスティバルホール
午後 7時開演(午後 6時開場)

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※2016/03/07讀賣新聞に記事が掲載されました。
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チャイコフスキー : 幻想曲「フランチェスカ・ダ・リミニ」作品32(オーケストラのみ)
チャイコフスキー : 幻想序曲「ロメオとジュリエット」(オーケストラのみ)
チャイコフスキー : 3大バレエ
「くるみ割り人形」より第14曲"金平糖の精と王子のパ・ド・ドゥ"【青山季可&中家正博】
「眠れる森の美女」より第28曲"グラン パ・ド・ドゥ"【下村由理恵&佐々木大】
「白鳥の湖」より"黒鳥のグラン パ・ド・ドゥ"【上野水香&柄本弾】

バレエ : 青山季可&中家正博、下村由理恵&佐々木大、上野水香&柄本弾
大阪フィルハーモニー交響楽団

チケット: A席:6,000円 B席:4,500円 C席:3,000円 BOX席:7,000円
演奏会お問い合わせ先: 大阪フィル・チケットセンター TEL: 06-6656-4890

【道義より】

❶長ーーーいブログ

他流試合という言葉は死語になっているかもしれないが、今回の公演はそれだろう。
流派が違うが同じ剣道や柔道で勝負をするのと同じだろう。
オペラもバレエもオーケストラはピットの中に入ることが基本常識になっている。
それがワーグナーの場合は突き詰められていて、バイロイトの中では下着で演奏しようとお客さんにわからないし、地底から包むように歌手と舞台を支える事に徹して書かれている。
僕は1987年に新日フィル定期公演文化会館で初めてコシファントウッテを演出指揮したときに「コンサートオペラ」と名付けたように、舞台にオーケストラも陣取り、どちらも存在を主張し合うように仕組み、照明さえもオーケストラにも影響を与えるようにし続けてきた。昨年の野田秀樹さんとのフィガロはその集大成だった。
少なくとも奏者の顔が「見える」ということは奏者もお客さんのリアクションや、舞台上の出来事を「見られる」事による互いの生きざまの交換が自然と存在することがライブ舞台の良さを観客にも感じさせると知っているからだ。
オペラの場合、ホールの響きによってはモーツアルト等の小さな編成のオーケストラでさえ、歌声をかすませる危険があるから細心の注意が必要であるが・・・・バレエでは表現に「声はない」のでその心配がないのだからコンサートバレエはやるべきで疑う必要なんぞ、ないと思えるがとも思えるが・・・・・。
問題は別なところにある。
まず、、、、舞台が狭くなる!
バレエはフランスの宮廷などで発達し、ロシアに移植され大発展したが、彼らはなんでも大きいものを好む傾向があり、チャイコフスキー以降は舞台は豪華な装置や、30人40人のコールドバレエなどで踊られ、男性舞踊手に至ってはジャンプすればニジンスキーやヌレイフでなくとも端から端に舞台は使われる。
そんなこんなで、バレエは音楽が下僕又は奴隷のように振付家にダンサーに好き勝手にいじられてきた歴史がある。
しかし、僕はそれに我慢が出来ない!!と言うわけではないのだ。上手くやれば、それはそれで素晴らしいことを見たし経験してきた。
我慢が出来ないのは、
そんな環境に慣れた踊り手が、音楽と何の関係もない動きで踊り回り、その目標がジャンプが高いとか甲が伸びているとか、何回回転できたとか、軸が真っ直ぐで素晴らしいとか、およそ表現芸術の内容から離れたところでお客を喜ばせるところに腹が立つのだ。特に練習にピアノが使われなくなってからそれは著しい。
「言葉が先か音楽が先か」という微妙なオペラとは生業が違い、明らかにバレエは、音楽が作曲されそれに「振りつけられる」から。何も音楽の下僕に奴隷になれば良いのではない。
踊り手は音楽の型や意味を理解しようという基本思想を持ち、勉強をしてほしい。それは屈辱ではなく愛情だ。
大体指揮とオーケストラだって、時と場合によってはどっちが下僕かわかったものではないからだ。
最終的には形として「役割としての上下」はあるが、人間としてのそれは、別の立地点にあるのだから。

今回は僕から言い出した企画ではなかった。
フェスティバルホールという可能性の大きな素晴らしいホールを住処とする大フィル側から持ってきてくれたものに僕が狂喜して乗ったのだ。なぜ自分から言い出さなかったかと言うと、①に書いたような多くの誤解とそれぞれ理由ある歴史によってある今のバレエの世界で、このようなことをこころみるのがどんなに大変か判っているつもりなだからだ。
でも僕以外にこれは出来ないということも確かで、咽頭癌が勃発したころやることをやることを決めた。
でも紆余曲折大いにあって事務局や梶本事務所は苦労したと思う。
大成功して本当に肩の荷が下りた。日比谷公会堂のそれもだが、これもすごいプレシャーだった。
やるならやるで、例えば何を1回目(これから死ぬまで続く)にやるか、誰と何をやるか、どう組ませて、オーケストラとバレエの関係を際立たせ、お互いの良いところを引き出せる方法があるか?
オケの前で踊ることだけなら、、、、かなりのオーケストラが過去に試みてもいる。でも僕の目から見れば、チープな発想としか思えないものが多かったからだ。
。大体僕自身いわゆる古典バレエの指揮はやってきていない。それはいろんな理由があったのだ。それらしいのはミラノスカラ座、ボローニャテアトロコムナーレ、NHKホールでのペトルシュカなどは現代の振り付けだった。
だから70歳近くになってやるなら大成功しないと恥ずかしいだけだ。
何をもって成功とするか?それは三方皆満足。
だから僕は踊り手さんにお願いして僕との練習時間をとっていただいた。それは六人六様、すごく気持ちの良いものだった。互いに言い合うことを恐れない人が一番素晴らしい結果を生んだ。一番若い青山中家組の一途さ、ベテランの下村佐々木大組の音楽に繊細な勇気、さすが花のある上野と、誘惑されまくった王子柄本、みんな忘れない!
何より足立恒さんのマジカルな照明がなくては全ては銭湯の富士山だったかもしれない。
オーケストラには僕こそが迷惑をかけた気がする。知っているようで知らない世界だったことを気付かされた。
でもあのゲネプロと本番の違い、フランチェスカダリミニの第一音から、俺はぶっ飛んで笑ってしまった。
好いね!ラテン系のリアクション大フィル!!

(練習場の響き早く何とかしたい)


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「今はショスタコーヴィチは僕自身だ! 」と語る井上道義2007年に成し遂げた「ショスタコーヴィチ交響曲全曲演奏会at日比谷公会堂」。 日本人指揮者唯一の偉業となる一大プロジェクトをぜひお聴き下さい。

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「僕の人生、音楽だけではないが、正面から指揮をやってきたらこれほどの発見があったことに驚いている!」

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