東京芸術劇場30周年記念公演 東京芸術劇場シアターオペラvol.14
モーツァルト/歌劇『フィガロの結婚』~庭師は見た!~(再演)

2020.11.01
東京都 : 東京芸術劇場 大ホール
午後 2時開演

全4幕(日本語字幕付・原語&日本語上演)

指揮・総監督:井上道義
演出:野田秀樹

アルマヴィーヴァ伯爵:ヴィタリ・ユシュマノフ
アルマヴィーヴァ伯爵夫人:ドルニオク綾乃
スザ女(スザンナ):小林沙羅
フィガ郎(フィガロ):大山大輔
ケルビーノ:村松稔之
マルチェ里奈(マルチェリーナ):森山京子
バルト郎(ドン・バルトロ):三戸大久
走り男(バジリオ):黒田大介
狂っちゃ男(クルツィオ):三浦大喜
バルバ里奈(バルバリーナ):コロンえりか
庭師アントニ男(アントニオ):廣川三憲
花娘:藤井玲南、中川郁文

声楽アンサンブル:藤井玲南、中川郁文、増田 弓、新後閑 大介、平本英一、東 玄彦、長谷川公
演劇アンサンブル:川原田樹、菊沢将憲、近藤彩香、佐々木富貴子、末冨真由、花島令、上村聡、的場祐太

合唱:ザ・オペラ・クワイア
管弦楽:ザ・オペラ・バンド

スタッフ
副指揮&合唱指揮:辻博之
チェンバロ、コレペティトゥール:服部容子

舞台監督:酒井健
振付:下司尚実
美術:堀尾幸男(HORIO工房)
衣裳:ひびのこづえ
照明プラン:小笠原純
照明アドバイザー:服部基
照明操作:有限会社ファクター
音響:石丸耕一
演出助手:垂水紫織

チラシPDF

チケット: 【全席指定・税込】S席14,000円 A席10,000円 B席8,000円 C席6,000円 D席4,000円 E席2,000円 SS席16,000円 高校生以下1,000円
演奏会お問い合わせ先: 東京芸術劇場ボックスオフィス 0570-010-296 (休館日を除く10:00-19:00)

【道義より】

6日間にわたり書き進めています.下にどんどん加えています。
前段
終わってしまったよ。ホッとしてぼんやりだ.明日書く。勇気と正しい反骨精神
を持つ人々と共存できたのが、何よりな時間だった。

明日だった今日になっても書くのにひどく気が重い。疲れたのかも。
今から書く。

第一段
2日経ち朝が来て天気も良いせいか・・俺が此のブログをコンサートの後にいつも
書くのは、以前師であった三善晃氏が「芸術とは牢の壁に爪で何かを残そうと
する行為に等しい」と言ったことが影響していて、演奏が空気の振動と共に去る
のを書き留めたいという衝動だ。さて・・・・・

評判が良かったのは嬉しいが、今回その美酒を、素直に喜べる状況でなかった。
コロナコロナコロナコロナ・・・世界中恐怖の連鎖・・・この状況との関連で
書き始めると抜け出せなくなるので、此の文は、まずはそこを無視した視点で書く。
そのあとにコロナ関連に触れることにする。長くなりそうだ。
狂熱の日々はまだ終わらないか。


書くのは

①野田さんの演出について
②日本でのオペラの捉えかたと、そこに石を投じてきた井上自身について。
③笑いについて
④対象を「自分化」することについて
⑤地域を巻き込んでの助成:文化庁文化芸術振興費補助金
(劇場・音楽堂等機能強化推進事業)について
⑥コロナ・・・・


今日書くのは
①野田秀樹さんの演出について

彼に聞いたが彼が演劇の世界に入っていったきっかけには、学校の先生の
影響があった。井上も同じで、民芸の西川明君を筆頭に、岡部信彦、桑原淑子、
福永、秦、三角、木村、故有馬、桜井、同級生達と毎週「劇の時間」を小学校
の6年間を受け持った成城学園の劇大好きの担任生越嘉彦がいた。
多くの演劇を内外で見てきた井上もそのせいか、野田演出の「何処か幼稚な感じ」
を愛する。子供目線であることはアマデウスもどこか同じ。
しかし特に西欧の演劇は何処かでそれを"越えようとする"のか、理屈が常に
第一義にされる。一概には言えないが、漫画、アニメの文化もそうなの
だろう・・・・もっとも井上はアニメが余り好きではない。わかりやすさに対
しては,常に胡散臭さを持ってしまう。
直感なんかではなく、脳味噌を使うほうを好む。


この辺がトーダイの野田さんと共有する感性。
夢の遊民社時代観て感激し、感想文を2回書いている。
字が汚い(成城の影響)僕の文章を始めは頭のおかしい人と思って読まないで
脇に置いたそうだ。でも読んだら中身は意外や意外ちゃんとしていたそうで、
読んでいるうちにあの指揮者の井上かと結びついたと聞く。
僕はその頃からオペラを彼に演出してもらいたいと心に決めていた。
今回、元住吉の不便な場所にある練習場にクソ暑いときに、全員通ったが
(その理由は本番で使うシャッターの代わりの竹の長い棒五m。いつまで
経っても誰もが使いこなせない代物,ホントにイカレタ理由なのだ)
そこである日彼が30年も前の手紙を持ってきてくれたのには驚いた。
"嬉しかった"から取っておいたそうだ。
俺の方が嬉しかった。
そう......僕もモノが捨てられない。
思いが残ったモノが自宅に溢れている。写真もアルバムで幅3m程ある。
珠世奥様のすむ家にはあるのはお母さんやお父さんお写真程度で、すっきりだが。
運悪くやめときゃ良いのにマクベスを演出して、すっかりオペラ嫌いになった
野田さんをフィガロに引っ張り出せたのは自分で言うが俺の情熱だ。
後に彼は台本作家であって演出家ではないと知った俺は、一流の馬鹿だったが
後の祭り!他力本願的にキャストやスタッフの自主的な創造力を刺激し、
ダメ出しにダメ出しを重ねる野田こそ野田なのだ。世界でただ一人の演出方法だ。
佐藤正浩、服部容子、達の音楽スタッフに支えてもらい、田尾下、佐藤、の
演出助手達と連日連夜の自宅でのカット作業、日本語歌唱部分、レスタティーヴォ
部分の細かい一語一句の作り替え、が行われたのが6年前。
中咽頭癌ステージ4に近いふらふらの井上は先に寝ても作用は夜中2時まで続く。
それを支える巫女のような渋江陽子さん。

2015年には全国14公演を行った。歌手は変わらないがオケは変わる。
6つのオケでゼロから音楽をやる指揮者には過酷。10キロ痩せていた
イノウエ良くやったと思うが......今回は健康。3オケで4公演チョロい?
脱線・・・


本来オペラ演出というのはまず台本を読んだ演出家がスコアの音楽を読み込み、
無理なくそのアイディアを歌手に伝え、演技指導を「歌いながら口移し」していく。
そんなあり方をスカラやウィーンやミュンヘンで見て学んできた俺も、
そんな本来の?方法を野田さんに求めていない。
求めたのはただ一つ!!
観客の身になって,判りやすくしかしアマデウスフィガロの持ってい
喜劇と悲劇の交代を、演劇的に(所謂オペラなんだからしょうがない,
オペラなんだからこういうもんだ,外国語だから理解しにくい,
日本語歌唱だから判りにくいのもしかたない・・・・エトセトラ)の
偽インテリ風な逃げのない演出を!だった。


だから
今回再演の方がドタバタも良い方向に整理され、黒船に乗って何故か
間違って長崎に?来航した外人歌手組の上から目線の植民地感も,
こちら側の西欧崇拝も、
コロナの感染者数のヨーロッパのひどい結果と共に崩れ落ちてくれて
結果的に2020年10月30日は本当のオペラ開国の日となった・・
のだ。
運も良い・・のだ。
それを引き出したのは芸劇の名プロデューサー
中村ヨシキだぜ。


第二弾
②日本でのオペラの捉え方と,そこに一石を投じてきた井上自身について

長くなります。


34才になったころ、僕は自分が音楽に飽きていると感じだしていた。
14才の時、"一生かけて取り組む何か!"を見つけようともがき、結論を
出して、自分に課したジジイになっても飽きなさそうな目標「クラシック
音楽の指揮者」であったはずなのに、なんか変な達成感があったのだ。
音楽的な家庭で育ったわけでもなく、歌舞伎役者のように何代目かではなく、
目標は常に自分の内部にしかなかったからミッキーは人気があってもそれが
どうした?だった。
「オカシイ」と考えて辿りついた答は、
「目標が低すぎ、その上音楽が音楽だけで出来上がっているという浅はかな
誤解をしていた」 だった。
良い指揮者になろうという目標もなかった事にも気づいたし。
偶然とは言え、それまでの師は斉藤秀雄、チェリビダケ、ジュリーニと
operaをやらない人ばかりだった。
「自分の音楽を支える哲学」を見つけなければと反省した。
僕は23才の頃から10年近くヨーロッパ中心にコンサートを続けていたが、
先輩指揮者たちは、殆ど皆、オペラもやっていた。カラヤンだってオペラが
素晴らしい人気指揮者だった。
しかしどこで見てもオペラってつまらなかった。
言葉の壁があり、舞台での歌手達の演技や、声の出し方に違和感ばかり。
それが「オペラ」という存在だったのだ。


それが......ある日、全く違って見えた。音楽祭のザルツブルグで小ホールの
"コシファントゥッテ" R・ムッティ指揮、ミハエル・ハンペ演出だった。
お客は超着飾ってくる。舞台装置にお金を湯水のように使う。練習も馬鹿らしい
ほど長くやる。3分の舞台に3日かけて作る程だ。
内容は成城学園初等科でやっていた荒唐無稽なものに近い。アホらし!
と思っていたが、その日、売り切れだったのでクラウディオアバードに頼み込んで
照明室に潜り込ませてもらって長いモーツアルトのそれを観ているうちに・・・


これってここでしか出来ない!ここでしか経験できない!
一瞬のうちに消えていく濃密な時間だ!・・・人生の中でも最も贅沢、いやいや
最も「豊かな時間」の進み方を共有している瞬間ではないか!
これ馬鹿に出来ない!   と「発見」した。


そして,オペラの勉強をやっていなかった自分に、このまま飽きずに人生を
歩めるはずがない!と言い聞かせ決心した。やれるだけやり直してみようと。
そして2年先、俺は勉強するからコンサートしない!とマネージャーに伝え、
35歳の1年近くをオペラの勉強に投資した。1981年だった。
ウィーンに住んでその頃監督だったマゼール氏に頼みこみ、国立劇場の練習
を見学して良いという、お札?をもらい,沢山見学。
又ドイツ各地の小さな劇場も含め毎日のように車(超ボロい中古・・それの処理に
ついてマロさんに世話になったことを20年後にで知ることになった)で観て
廻った。貯めていたお金もずいぶん使った。
勿論その1年だけでオペラの勉強が出来たとは思えなかったが,どんな勉強をし
指揮者は何をしなければならないかの方向は、はっきり見えた。
短絡的に言えばフィガロの成功はここにあったと思う。
そして,その課程で、ウィーンであろうとミラノであろうとピットにいるオケと
いうものは、どことなく舞台上で人目に晒されている時と何かが違う、という
ことも強く感じざるを得なかった。
当たり前だがピットの中からは舞台が見えないのだ!どうやって共感出来ようか!
ワーグナーが辿り着いた舞台下ピットを利用した楽劇は、観客には真に桃源郷だが
演奏者にとっては分断以外の何物でもないとも。

翌年36歳の僕は、新日本フィルの音楽監督になり、早速コシファントッテを
東京文化会館での定期演奏会に乗せる冒険をした。勿論演奏会形式とか、
セミステージとかではなくそれも名付けて「コンサートオペラ」
(オペラコンチェルタンテ,ホールオペラ等の試みがされるよりかなり前であった)
当時音楽主幹をやっていた松原千代繁氏の全面協力でこそ前進できた。
舞台半分には(モーツアルトは小編成)オケが陣取り、半分にはモダンで抽象的な
舞台装置(小栗哲也氏・小栗旬君のパパ)と白い服に直接色を塗った衣装
(吉谷博光さん)を着た歌手達。合唱は成城合唱団の先輩達だった
(重要なメンバーに河津佑光という指揮がめっぽう面白い親戚の背の
高いおじさんがいて,その人は小澤征爾を音楽に引きずり込んだ人だった)。
歌はイタリア語で字幕なし。レスタティーヴォは井上が作り直した日本語。
(これもフィガロにある点、受け継がれている)良い批評が沢山出て有り難かった。
しかし、日本語と原語の混在を好まない人も多かった。"オペラはわかりにくく
てもオリジナルに勝るものはない"という正しい人たち。当たり前だ。
しかし言葉の内容、音楽との関係、の詳細を日本の観客が理解する
ことは、日本の歌手がアマデウスの音楽、台本のダ・ポンテの言葉を
原語で「自分化」することよりも難しい。(適切な字幕が強い助けになるが)
敢えて言えば、体型や顔形は東南アジア系の個性が、ヨーロッパの
胸の厚い、体格も大きく、彫りの深い顔に合った服を着て・・・オリジナル?
はどだい無理なこと。
韓国やエジプトでオペラを観劇して,日本人顔でのオペラに何となく慣らされ?
ていた「都合の良い自分」を発見したこともある。


今もある西欧崇拝、特にクラシック音楽をやれば,ペテルブルグのオケに勝る
チャイコフスキーやショスタコーヴィッチの音はあり得ず、パリ管に勝るフランス
ものはあり得ず、ヴェルディだったらスカラだろ!ミュージカルなら
ブロードウェイだ。劇団四季?駄目だ!宝塚歌劇、何言ってんの?二期会切符も
らっても行かない方が良い!みたいなスタンスを取るのが正しい常識!???

だとすると
我々に未来はないではないか?と思っていた。日本人作曲のオペラ?
夕鶴?他に三枝?千住?三善?松村?日本人作曲のミュージカル?何?
僕自身も今年10年かけた「降福からの道」が出来上がり2年後に発表するが、
残るか?プーランクの「人間の声」にさえ勝てないのではないか?


そんな常識!!が
今回のコロナ騒ぎですっかり崩れた。これには本当にがっかりなのだ。
罹患数も,死者数も,欧米が日本やベトナムや台湾の百倍以上の違いがある。
文化の問題で理不尽なことと戦うのに今まで「欧米では」という決め言葉が
あったのに、もう使えなくなった。クラシック音楽に、付きまとっていた「憧れの
本場」で音楽会を早々に開かなくなってしまったのだから!
突然だが
余りに長いこの文を閉じることにする。

ヴィールスは人類以前から地球上に存在し,常に寄生する
「新」種として変化してきていて、人類対ヴィールスの戦いは、始めから
ヴィールスが勝っているのだ。人間は生物存在の頂点なんぞに位置しないのだ。
人類はなんとかごまかしながら共存するほかないのだ。
マスク?しないよりましかも・・・薬?まあ効くかも・・死?何時来るか
なんて誰にも判らない。
そうそう俺のオペラの題は奇しくも「降福からの道」A way from surrenderだ
ふう~~~。


第三弾
③笑いについて

笑いの文化というモノは,世界のそれぞれの地方によって相当違う。
勿論,国内においても地方によって又、時代によって。人によっても。

フィガロやコシファントゥッテの笑いは、時代を超え、場所を越えている。
その点ドンジョバンニは喜劇とは呼べなくて1003人の歌などに象徴される
誇張の笑いと、絶体絶命を逃れる男の「たくみさ」への賞賛?の笑いが幾つか
隠されているだけだ。
笑いという代物は、身分、階級、立場、貧富の違いなどを軽々と乗り越えて、
人と人の間に共通する感覚を見せてくれる大事な、コミニュケーション手段だ。
最近、見なければ良いのにスマートフォンで見ることがある唾棄すべき笑いに、
人をおとしめて,困らせ、それを笑う、笑いがある。
ペンキがつくベンチ、スカートをワザと引っかけてたりする女への歪んだ笑い、
果ては、警察でもないのに未熟な運転の失敗を公にしたり、煽った車が事故を
起こしたりするのを公にしてほくそ笑む......の類と似た笑い。
他人にとっては笑いの対象になる"恨み"はフィガロの結婚の1日の出来事の
中に幾つも噴出する。それをアリアとする
バルトロ(仇討ちじゃ)、
スザンナにウルサクするバジリオとの重唱
(野田演出ではパパラッチとして複数の人間がその誇張と,現代化を表現)
また、スザンナとマルチェリーナの年齢の差と立場の、
戦いのデュエット(お先にどうぞ)

民衆の恨みは侯爵という支配階級に向かい、伯爵夫人の恨みも
(自分のままごとのような浮気は棚に上げて)浮気な伯爵に向かう。
ケルビーノの若さを持てあました行動は、人々を困惑させると同時に微笑ませる。
バルバリーナは簡単に伯爵の手にかかるがその音楽は笑えるほど?美しい。
そんな中フィガロは、只一人、正義の主人公を演じる存在として、恋人の
スザンナに浮気されたと誤解し、観客からは笑える人物として歌い演じる。


書けば書くほど,フィガロの結婚は恨みとそれを客観的に「笑う」材料に
事欠かない。
しかし、今回のフィガロの成功は、それら全ての笑いを、その場限りの
「ほくそ笑み」
「揚げ足取りの笑い」
「人が驚くのをを見て馬鹿にする笑い」
「人を恨みそこから抜け出せない人間への笑い」
「純粋で無知な娘への先輩としての含み笑い」
で終わらせなかったことにあると思う。

笑う客体である演者達は日比野こずえさんの非常に創造的な美しい色彩の衣装を
まとっていて、そこに起こった笑える出来事も,恨みで身をよじる演者達もが、
皆「あの人になってみたい」と思わせる個性的で存在自体が満たされた姿かたちを
しているのだ。
そう!笑われる側になってみたくなる人を笑うんだから、人は心から笑えるのだ。
こういうことはセミステージや、そこそこ舞台や、○✕衣装の借り物で行われる
"音楽中心"のオペラ?ではきっと無理だった。
堀尾さんの造ったマジックショーのような金箔舞台も照明には不向きだが、
何せ楽しそうなのだ。最後にライフルを暴発させてしまう伯爵夫人の"恨み"
を秘めた美しさも死という世界が幸福のすぐ隣にある事を激しく追認した。
野田さんははじめ本当に伯爵を殺すつもりだった。そいつは笑えない!!
そう、指揮者は、演劇力に負けられない、オペラは音楽が中心だぜと感じ
させるための、集中力が必要だった。5年前は死にそうでふらふらしていたし
全てがおかしくて愉しんでいたが,死にそうな自分が。
......笑えない?自分で頼んだんだ、笑える!
この辺の文章が判りにくい?・・・・・笑える。


第四弾

④対象を自分化することについて

ジブンカって変な言葉だが、音楽家,特に演奏家の場合(俳優や、バレエダンサー、
多分だが声優も?)こういう意識が、人に聴いてもらう行為である本番中でも
(録画、録音も)練習中も,常に馬の目の前の人参のように存在する(と決めつ
けます)。
これは、芸術の中でも再現芸術と言われるカテゴリーに存在する一番魅力的な部分、
中心となる事柄だと思います。
いわゆる,即物主義の洗礼を経た後の僕たちの時代、「ジブンカ」こそが演奏する
ことや、演じることの核心だ(と決めつけます)。
演奏(僕にとっては99%指揮と同意語)すると言うことは,それを書いた作曲家の
書きたかったこと(楽譜や歌や詩)を、咀嚼して、作曲した人間に成り代わって
聴衆に届ける行為だ。
井上はもうずいぶん前から俺はショスタコーヴィッチだ!と言い張ってきたが
......ま、そういうことを指します。

その行為というのはとても不思議な感覚で、作品を書いた人が生きていても
死んでいても,例え全くどこの馬の骨だか判らない人の作品であったとしても,
自分の持つ、体型、時代、環境などの実存を通して、書いた(描いた?)人と
の同一性を目指して同等、対等であろうと試みる行為だ(と決めつけます)。
感情移入は勿論,ありとあらゆる情報を探し、その作品で何を書きたかった
(僕の場合は「描きたかった」という方が合点がいく感覚だ)のかを完全な
嘘八百の上に再現しようとする。勿論嘘八百だと自分では認めないけれど・・・。
ベートーベンであろうと,タコであろうと,アマデウスであろうと、伊福部で
あろうと、バーンスタインであろうと、サティーさんであろうと,
今,隣に居て話し合って同意を求め合っている存在になるのは,超面白い!
シュールなこと!


家族に沢山の死者が居る、ホモチャンである、コンプレックスがヒドい、
酒飲みである、金持ちである、ヒドい貧乏だが,有り得ないロマンチストである、
女狂いである、ヘビースモーカーで咳がヒドい、国王でさえ騙す策士である、
清廉潔白であるが子沢山で多作である、自分が美男子だと意識している、
金の亡者で頭が良く高次な理論家である、グルメすぎて何もしないで
生きていきたい天才である、完全主義者で家族に暴君である、下品なのに作品は
天国的に上品である、等々・・・・・

まるで名俳優の演じた名作の主人公が残した名作を【自分化】(高度の技術研鑽
を伴わねばならないという条件があるが)をすることに成功すれば、それを
聞いた聴衆は感動する(と決めつけます)。

何故か???

それは、世界の中で中心と思って毎日を生きている「私」は,本当は、蟻
よりも蚤よりも,多分ヴィールスと同じぐらい、小さな小さな存在でしかないこと
を,知ってしまうのが現実。
そんなアリンコでも、少なくとも一瞬でも、眼前の密閉された舞台空間では宇宙を
も動かし、神を産み、地獄を噴出させることさえ可能なこと。
全て「思うままに思える」ことを【時空を越えて】感じさせるからではないで
しょうか(決めつけない)。
そう!俺はキリストはキリストになると信じたからなれた、仏陀は仏陀であろうと
疑うことがなかったからなれた。人は心から信じれば思う存在になれる!!
と信じている。   
ま  て   よ
これはちがうな→逆だな!!

人は心から信じなければ何にもなれない・・・・・だな。

勿論これを愛すればこその行為という。
井上はドンジョバンニを振るときにはドンになるし、
フィガ朗の時は伯爵にもケルビーノにもなった。
野田さんは,この数少ないラフォルジュルネ(しっちゃかめっちゃかな日)
のために、毎日気も狂わんばかりにダメを出していたのだ。
それはフィガロに携わった人たち皆同じだった。自分でない何かになろうと。
ヴィールスと対等な我々も。そう!命短し。愛は永遠な~~~~り。

第五弾            
⑤地域を巻き込んでの助成:文化庁文化芸術振興費補助金
(劇場・音楽堂等機能強化推進事業)について

運が良い人生だと、いつも思って居る。例えば今年も真夏にコロナ暇を持て余し
別荘の庭から林道にネットで買った安物の腕のないセグウェイに乗り、ヘル
メットも着けずバランスを崩しあっという間に後ろ向きに頭をアスファルト
に打ち血が噴出したにもかかわらず後遺症もない。それまでも庭工事のユンボを
自分の方に倒し、足を挟んで30分叫んだり、ハシゴを崖で使って真っ逆さまに
落ちたり、はたまたバイクで転んで鎖骨を折っただけで済んだりしている。
若いときはスキーで転び突き出ていた尖った木の根っこを腿に突き刺し,
ちょっとズレていたら動脈を破って死んだはずだし、ゴルフ練習の友人の後ろに
近づき、鼻辺りを強打され目が潰れそうになったり。そういえば去年吉田海岸で
台風一過の荒海に飛びだしたのは良いが,昆布と海藻で重くなった離岸流で
どうにも帰れず、俺、終わった、と思ったこともあった。
癌もなんとか完治した。
スミマセン武勇伝みたいに書き連ねたが、音楽人生も似たようなモノ、危ない目に
遭ってもなんとか切り抜けてこられた。運が良い。


36歳の頃から時折オペラを自分でプロデユースしてきたが,金沢に監督として
呼ばれて、2009年に「歌劇座」と名がつく市立劇場があるのに、見せている
のはこれがオペラ?というお茶濁しの内容と知り,なんとかせねば未来はない!
とOEKジェネラルデレクターだった山田正幸氏と東京芸術劇場の中村ヨシキ氏と
知恵を絞った。
その時から、文化庁の強い理解と共に、地方のホール(素晴らしいのが沢山存在し
ている)を,重連機関車のごとく横に合わせ、地方のオケや合唱団とも力を
合わせ、内容の高い=すなわち予算をしっかりかけて1流のキャストとスタッフ
によるアンサンブル金沢がやるに値するもの=を全国展開する事をはじめられた。
一回目はトーランドッド、演出は京都で素晴らしい京都風「兵士の物語」の
演出をした記憶があった故茂山千之丞氏におねがいした。
その後いくつかの作品でオペラを(井上指揮に限らず)重ねてきている。
5年ほど経って、野田秀樹氏を口説き落としフィガロをやるのに,全国14公演
6オーケストラという前代未聞のハードな企画を決行出来たのも、この
推進事業のおかげ。実は今回は違う方法ですが......・基本はここに!とにかく、
東京で作って地方に振りまく?巡業ではなく、それぞれの地方の都合、夢、人材、
を尊重しての関係者の、忍耐と、話し合い、何より「エネルギーを注ぐに値する
質の良い斬新な企画」への意欲の集合と尊重はいつも涙ぐましかった。
それなのに,大事なタイミングで言い出しっぺの井上自身が2014年咽頭癌で
半年ブランク。復帰したものの,10キロ痩せてフラフラ、声が出ない!
そんな状態で6つのオケを1から練習(出演者達は殆ど変わらない)するのは
サドマゾ状態だった。でもやりました。死ななくって運が良かったと思って。
理解の先頭を切ってくれた文化庁長官だった河合隼人先生は亡くなったが。
そのあと、井上の指揮ではドンジョバンニを天才ダンサー森山開次さんと
三カ所5公演をやり遂げることが出来ています。(他にいくつかの事業が
実行されています)

そして今回の再演でした。映像にもしっかり残します。


10年以上経ち中心が今は金沢でなく,東京芸術劇場に移っています。
すでに香港公演,マカオ公演可能性なども試みられ(玉砕)これからは韓国
との共同事業や中国との連携公演、パリ公演、エジンバラ公演、欧米音楽祭等
でもきっと行われる未来があるでしょう。
但しこの舞台芸術雲の上の建設事業の一番の中心主題は、それぞれの地方や国が
横に並んで企画から知恵を絞るという形式。
くれぐれもそれを忘れないように願いたいものです。
お友達企画でもなく、地方出身者企画でもなく真にその時しか出来ない
高質の感動を目の前の観衆に届ける企画です。
なぜなら、全ての芸術文化は人々の中で、影響され合うべきですが植民地的に
上から下へ「与えられる」ものではないからです。
「推進事業」をそのような意識で僕はジブンカし、現に多くの他の企画も
実現できた原動力になっている。有り難いこと。


なんか、うんちくっぽいつまらん文章になった。  ただの運か?

第六弾
⑥コロナについて

この風邪のヴィールスと、インフルエンザのヴィールスとのハーフ
のようなモノが起こした2020年の世界中の混乱は私には,何故か
大袈裟すぎる騒ぎとしか思えない。殆ど1年が過ぎた今も、世界中の
人々の恐怖に共感できない。
全世界で関連死の数が126万人だが、それは客観的に数で見ると
(自分の娘が死んだとか、友人が死んだとないので客観的なのかも知れない)
日本で毎年人が亡くなる数と等しい。
世界で毎年亡くなる数は約5500万人!その中の126万人を、どう
受け取るか?・・・・人により色々な受け止め方があるので意見は書かない。
この50年間で実に地球の人口は2倍になり,今も毎日19万人づつ人口
が増えている。
どう受け取るのか?
ここからは数字を日本に限定する。

日本だけで,毎年
交通事故でなくなる人が約5000人
転倒、転ぶ等で亡くなる人が約1万人
インフルエンザをこじらして亡くなる人が約1万人
俺も危なかった癌で亡くなる人は1日に約千人=年間37万人!
今年コロナ関連でなくなった人が11月現在、約2千人

どう受け取るのか?

人間は合理的な数字だけで生きてはいない、だからこそ芸術もあるし
怒ったり泣いたりする。    「情緒」が影響する。
3月の岡部信彦君と(僕のサイトにも載っているが)YOUチューブ配信
をしたとき俺は・・・・
「一体何故、死ぬことを恐れるんだ!それに俺たちもう死んでも良い歳だ
ろうに」と投げかた言葉にノンは「それは君の意見だよね,そして人は君
みたいになれない人が多いのだ」と素晴らしい応答だった。
さすがだった。
確かに、自分が死を恐れないからと言って他人が死ぬことを怖がることを
理解しようとしない、または馬鹿にするというのは自分が信じる神のみが
神だと言う狭い意味の信仰と同じであろうし,民主主義にも反すると思えるし,
国のために命をも投げ出せというファッショかも知れない。


俺は長い間指揮者という立場で、音楽に立ち向かい、人生も当然そのような感覚、
すなわち,台の上に立ったならば左右、上下に行くのを決めるべく定められた
仕事であるということ・・・人の意思に反することさえ命ずる独裁とは違うが、
全権を与えられた場面では決定に「揺らぎの無い事」を必須とされてきたのだ。
音楽のために命、一生を懸けてきたので、母が死のうと父が死のうと、心が
許すなら音楽に全力を使う生き方をしてきたので、コロナになるからとマスク
を着けて人前で演奏したり(自分はPCRなどで罹患の証拠がない限り)ヴィー
ルスが怖いから人前に出たくない、音楽なんて聴きたくないと感じる聴衆に
むかって、「演奏を聴きに来てください」とお願いする事はしない。

多少の危険なんか上の数字を見ればどこにでもある!!

        と「俺の常識」が強く話しかけるのだ。

現に、五年前には、癌で死ぬことになっても,
このフィガロだけはやるべきだと思った。


別件だが国交の無い北朝鮮に、
「米国に我が国立交響楽団が呼ばれることになった,ドヴォルザークの
新世界を演奏するのだが良い練習をしてくれる指揮者がいない。なんとか
来朝してて正しい練習をしてくれ(嘘かも)」
とか、
「第九を北朝鮮初演したいから来てくれ(嘘では無い)」
とか、
言われれば、右翼に狙われようと石川県議会で問題にされその後のOEKとの
関係にヒビが入る原因になろうと行って出来るかぎりのことをしてきた。
彼の地で帽子を置き忘れ、頭の寒さでインフルエンザに罹患し2週間ほどホントに
大変だった笑えない?笑える?経験もなんとも思わない
(それが原因で免疫力が弱くなり三ヶ月後に癌が出現したけれど)。

不要不急と少しでも思うなら音楽なんて要らない。そんなお客さんには
聴きに来てもらってもたいして嬉しくない。
今回、少なくとも演じる方、演じる人間を支える方の覚悟は,本物だった
のだろう、誰一人風邪も引かず(最後の数日ホコリの多い舞台下の仕事の人
が風邪を引いたが)お客さん側もこの異常な豪雨のような右へ習えマスコミと、
ネットの圧力の下、8割以上の客席が埋まったこと......違うな......
笑いと、涙と、感動の言葉とが絶えなかったことを、冥土の土産にしようと思う。
まだもうすこし死なないけれど。

でも長いブログの一週間はホントに終わりです。有り難う。

この文に付き合わされた方に

神の恵みがありますように!!

アメーン
2020年11月9日伊豆大瀬崎にて  
偽でない男庭師が見た ちゃんとした フィガロの結婚 賛文


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ショスタコーヴィチ:交響曲第11番「1905年」
ショスタコーヴィチの魂が疾走する! 井上道義の才気が炸裂する!これぞショスタコーヴィチの真髄!

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1冊でわかるポケット教養シリーズ 指揮者の世界
第2章は井上道義の特別インタビュー「僕が指揮者になって、今も続けている理由」

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ショスタコーヴィチ:交響曲 第7番 「レニングラード」

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