京都コンサートホール×京都市交響楽団プロジェクトVol.5 「井上道義×ブルックナー交響曲第8番」

2024.11.23
京都コンサートホール 大ホール
午後 3時開演(午後 2時15分開場)

2024-11-23.jpg

ブルックナー:交響曲第8番 ハ短調(ノヴァーク版)

京都市交響楽団

[フライヤーPDF]

チケット: 全席指定 一般 5,500円 会員 5,000円
演奏会お問い合わせ先: 京都コンサートホール 075-711-3231

【道義より】

長くなる。でも大事な内容だ読んで欲しい。
昨日で京都ともおさらばだ。それなのに今までの井上のこのオケとの協調関係、努力、
多くの時間は、もしかしたらひどく間違った方向に行っていたとも感じられる大発見の
1日だったのが恐ろしい。
それはこのホールと京響の関係者、もちろん私も含めての生きた人間の限界なのかも
しれないがやはり責任は僕自身だろう。
95年にこのホールをが出来たがその少し前に恐ろしくオンボロだった京響の練習場が、
録音機会さえ備えられた、「素晴らしい施設!」になってみんなで狂喜し、その後、僕自身
審査員の一人として指名コンペので磯崎新氏による今見ても味のある建物・・・京都
コンサートホールも出来上がった。いやいや、昨日までその全貌を見ることが出来て
いなかった!目の前の古い資料館に邪魔され、30年経った今やっと見られたのだ。
井上には「あの資料館は移転又は廃止されます、後2,3年です、と耳打ちされてから
〔設計した故磯崎さんも〕30年が過ぎていた。京都らしい??)内部はサントリー
ホールはじめ今や世界のコンサートホール音響設計の神と言われる豊田泰久氏の居た
永田音響設計事務所によるホール音作りによってなされたのだ。
僕一人でなく関係者全員、市民全員、北山の未来に期待した時期があった。

姉妹都市であるパリからパリ管弦楽団がオープニングに招待され、京響も編成の大きな
マーラーの8番で開館記念演奏をした記憶が忘れられない。
舞台の床の材料に対するフェチな実験も!また京都であることからキリスト教的唯一神の
シンボルであるパイプオルガンの置き方にも磯崎氏は熟慮し、中心を外し神仏一体の
思想というか、答えが一つではない芸術を表すように、アンシンメトリックに設置。
(そのために上手側に箱が二つ作り、アレなあに?と思うお客さんが今もいる。我田引水
すればあそこを演奏で使ったのは30年間多分僕の数回ぐらいだ)また、ホールにはℙ席
があるもののヨーロッパの伝統的なコンサートホールのシューボックス型に近い。
豊田氏の成功はその後も基本ワインヤード型のホールが中心で、シューボックス型は90
年代の彼にとって初めての造型。井上が褒めまくって大方の人々に不振顔をされる古い
日比谷公会堂のような音響に近い音響を期待したが現実は違った。
(激しく主張するが日比谷公会堂の2階席は本当に素晴らしい音響・・・一階の後部
半分はとんでもなくヒドイがそれは二階席が頭上に張り出しているからです。)
勿論,京都コンサートホールはそのようなヒドイ席は無いが、現代人の隣との接触を嫌う
生理的な趣向もあり、前後左右を恐ろしく詰めて沢山人を入れる日比谷公会堂のような
時代遅れなことはしていない。だがそのため1850人(最近のホールとしては少しだけ
少なめな数字だ)だが・・・・・【ホールの後方では音が遠い】
アッチ弾いているひと、コッチ聴かせていただいているひと、の感触。
これはオープニングでほとんどのお客さんが呻いていた「パリ管やっぱり凄い‼京響は弱い!」
の声にも表れていたが、それにもかかわらず俺は「豊田さん!もう一つだ音響反射板でも
吊るしたら?とに言い続け今も嫌われ続けている【きっと】。
さらについに公言しますが5000万円、新しいホールならあり得る冒険を補うために市
からプールされていたにもかかわらず、墨田トリフォニーホールでの拙速で安価な中途半端
な反射板取り付け事件(今はすべて取り外されています)等の悪いその後の経験も伝えら
れたせいか、いつの間にかそのプール金は専務理事の意見で日常的に切り崩されてしまった。

しかし誤解しないでいただきたいが、今日井上はそのような一連の出来事を糾弾したいの
ではないんです。恐ろしいことに、昨日電撃のように僕自身があんなに喜んだスバラシイ
出雲路橋の練習場こそが問題だったともう一度気づいたのです。
あの練習場、いや一言で言って練習場はスタジオなんです。ダメなんです。
ロンドン以外世界中どこも(中国や台湾、アジア全域、オーストラリア、ニュ^ジーランド、
を除く)交響楽団は本番が行われるホールで練習します。オーケストラはホールが命なんです。
スタジオで音作りは無駄!!いえいえ全く無駄ではないですよ勿論、でも良いオケは皆ホール
によって作られるのです。もっと言えばひどいホールであっても「そこの音」をお客様に満足
できるようにするのが演奏家の務めです。短い日程でのブルックナー8番練習でしたが、中心
的な楽員さんに客席に降りて行って後ろの席で聞いてもらう時間がありました。
今更そんなこと!と思われるかもしれませんが、恐ろしいことに世界中、楽員さんはほとんど
自分のオケを聴きに行かないのですよ。
指揮者も自分の務めるオケを他の指揮者が振るのを、又は自分の出そうとする音を舞台から
降り客席に降り、観客の気持ちで客観的に聴こうともしない輩がほとんどです。
(いわゆる批評家は逆で、自分では買っていない、多くの値の張る席は良い音ではない環境、
また人間の耳はまずはあらゆる騒音に囲まれた日常からホールには入って違和感を感じても、
人間の耳は内部で自然と補正するものなので、「後半はバタンスも良くなり」とか知らず知
らずに書いてしまう人が今でも多いですし、スタジオでの練習を体験してみたりする人は
僕は3人しか知らない)

少し嫌味な文章になって自己嫌悪に陥って書き直したくなったが、あえて残します。

そうなんです、あの古かった木造の小学校の講堂と京都会館の関係は、今も出雲路橋練習場と
コンサートホールの関係と似たり寄ったりなのですから。組織としてもホールとオケは一本化
されていません。僕はあの練習場で音楽に邁進しコンサートホールに行ってのゲネプロでは
よく客席に降りて「ホールが鳴らない」とかメンバーが弱いとか、音響反響版が必要なのに
とか不満を募らせていたが間違っていたと最後の最後に突き付けられたのだった。


昨日京響はブルックナーで超素晴らしい「音」を出せた。金管はロダンの彫刻又は運慶の仁王
像のように立体的でもあり立派だった。弦楽器はそれを支える役目が多く、あまり弦楽器奏者
には面白くもない音型が続くブルックナーでも一心同体で、奏者は輝いて見えた。
遅い楽章の弦楽器にしか出来ないつぶやきや色めく肌触りは文字通り本質は男勝りな女性の
色のある本領を発揮,木管楽器奏者はオルガンに勝る透明感を奏でていた。
お客さんはコンマスの「リボン」の全身でのアジテートに大爆発した。
複雑な思いで僕は真に最後の京都体験は有終の美???を飾ったのだった。


91VgvCQM9tL._AC_SX679_.jpg

ショスタコーヴィチ交響曲全集 at 日比谷公会堂
「今はショスタコーヴィチは僕自身だ! 」と語る井上道義2007年に成し遂げた「ショスタコーヴィチ交響曲全曲演奏会at日比谷公会堂」。 日本人指揮者唯一の偉業となる一大プロジェクトをぜひお聴き下さい。

Schedule

降福からの道 欲張り指揮者のエッセイ集
「僕の人生、音楽だけではないが、正面から指揮をやってきたらこれほどの発見があったことに驚いている!」

91VgvCQM9tL._AC_SX679_.jpg

ショスタコーヴィチ交響曲全集 at 日比谷公会堂

「今はショスタコーヴィチは僕自身だ! 」と語る井上道義2007年に成し遂げた「ショスタコーヴィチ交響曲全曲演奏会at日比谷公会堂」。 日本人指揮者唯一の偉業となる一大プロジェクトをぜひお聴き下さい。

71y585U50+L._SL1417_.jpg

ショスタコーヴィチ:交響曲 第7番 「レニングラード」

大阪フィルハーモニー交響楽団

OVCL00627.jpg

ショスタコーヴィチ:交響曲第11番「1905年」

大阪フィルハーモニー交響楽団

ovcl_00563_h1_l.jpg

チャイコフスキー:交響曲第4番
ショスタコーヴィチ:ロシアとキルギスの主題による序曲

大阪フィルハーモニー交響楽団