【公演中止】紀尾井ホール室内管弦楽団 第125回定期演奏会

2021.02.12
紀尾井ホール
午後 7時開演(午後 6時開場)

ベートーヴェン:歌劇《レオノーレ》序曲第1番ハ長調 op.138
ショスタコーヴィチ:ヴァイオリン協奏曲第2番嬰ハ短調 op.129 / 郷古 廉[vn]
シューベルト:交響曲第4番ハ短調《悲劇的》D417

紀尾井ホール室内管弦楽団

チケット: S席 6,300円  A席 5,250円  B席 3,650円  U29* A席2,000円  U29* B席1,500円 
演奏会お問い合わせ先: 紀尾井ホールチケットセンター tel:03-3237-0061(13時~17時/日祝休)

【道義より】

紀尾井シンフォニエッタに頼まれ,外国人指揮者の代わりにシューベルト
シンフォニー4番などのプログラムをやろうとしたが、コロナの自粛延長の影響
なのか日本製鉄が精神的にめげてか、中止になりました。
(超名演になるはずだった!郷古君も!)
もともと今はどこのコンサートもホールをもっている組織が、世界的にも
エビデンスの無い「コンサートホールでのクラスター」を(天井が低い
ライブハウス等と混同?)恐れ、空間の大きなコンサートホールで移りよう
もないのにも関わらず皆、市松売りなどもやっている。
現実に、日常、二蜜三密五蜜な家族と共に聴きに行っても
「離れて座ってください」とか、意味の分らない案内をされる。
とはいえ本質的にはこれらはホールの管理側の問題では無い。
「世論、SNS、」で人になんだかんだ言われたくないからだ。
なんと言っても本当にがっかりなことに、欧米では今コンサートは
「無い、全くやれない」国も多く、やれても配信のみで無観客ばかりだ。
コンサートはテレビ、パソコン、スマホのモノになってしまっている。

そんな中、日本は足枷があるものの、「演奏会」が続いていているのだから
贅沢な文句は慎めという空気。
もとはと言えば、世界中、年寄りが大勢を占めるクラシックゴアーの観客は、
聴きたいコンサートを聴いたがために死にたくないのか、
自分がかかって人に迷惑をかけられないのか、
知らない間にヴィールスを人に移してはイケないと思うのか、
「善意な理由」・・・・でコンサートに来ない人が多いのだ。

そんな風潮で、全席売り出しても空いてしまうから「市松売り分、一杯です」と、
ちょっと見、きれい事に主催者は専念したりするわけだ。
道義はこの事実に過激に反感を持つことになる。

「そんなら来るな!演奏しない!!生で聴きたくなければ、皆スマホやパソコンで
聴いていれば良い。勝手にしやがれ!世にはいくらでも記録された過去の名演奏
がある。今やらなくてよい、目の前でやらなくて良いなら、勝手にしろ!」
と。
シューベルト4番なら、
ただでYouTubeにあるし(ろくでもない演奏だが)買って聞く
気ならましなのが安く買える。何もお出かけにならずとも。どうぞ。
郷古君を聴きたければ
何もショスタコーヴィッチの2番で無くても他の何かを聴いたら良いし!!

音楽を聴きに行くと言うことは音楽だけを聴きに行くのではない。
そこに至る道も、ホールの入り口も、椅子に座る瞬間も休憩で?年ぶりに
会った友達と話したり,良かったの悪かったの嫌いだったの、好きだったの
話したり,コーヒーを飲むため並んだり、こぼしたり・・・
そう言うこと全ての時間を体験することだ。

1945年東京下町が炎上し何千人の人が苦しんで死んだすぐ後に、日比谷公会堂に
何キロも歩いて日響を聴きに行ったり、戦地に向かう前にベートーベンの前半だけ
を聴きに行った兵士達がいた。
廻りで毎日2~3千人が寒さの中餓死していたペテルブルグで行われた
ショスタコ7番の交響曲初演の話しでなくとも日本は既にクラシック音楽を「自分化」
していた。当然演奏者も命を賭けていた。
家族に、危ないから行くのはやめなさいとか言われなかったはずがない。
勿論今は良い時代だ。
色んな代替手段で音は聞ける。見ることさえ出来る。きっと思うとおりの環境で、
好きな時間に、邪魔されず、寝っ転がってでも、今は電話にも邪魔されることなく

でも電気が止まればどうするんだ。
その時はその時なんだろう。
敗戦を終戦と言い換えて、僕の生まれた年からいままで
「我が国」は平和な良い時代だった。

スマホが出来て世界の裏まで詳細地図が手に入り、皆が同じ情報を手にする
世の中になり、何かに憧れ、手に入れるための努力や冒険、先輩へのコネ、
家族の繋がりからの損得は、嫉妬され、さげすまれ、育った場所も地域も
ジェンダーの違いもが、意味を失っている。
逆に世界の裏で、木が枯れたの,魚が居なくなったの、水が飲めないだの、
トイレが外だの、入れ墨が凄いだの、ありとあらゆる「お節介ニュース」が
隣の家の子供の泣き声より何倍も強く、こじ開けて入って来る。

グレーなところをブラックと扱い、すっかり、悪平等な世界になってしまった
ではないか。
命を賭けて守るべきモノなど無いように見える。
今、価値の基準のように言われている
「人の命」ってそんなに大切なのか?
自分の命ってそんなに大事なのか?
長く生きるってそんなに素晴らしいコトか?
自由ってそんなに大事なのか?
民主主義ってそんなに素晴らしい主義か?
食べ物ってそんなに大事か?
音楽ってそんなに大事か?
芸術ってそんなに素晴らしいか?
誕生ってそんなに素晴らしいコトか?
こうやって書いて人に表現するって良いことか?
・・・・
こんなこと既視感がある。
そう、60年前・・・14歳の頃こういうことを考える羽目に陥って、
朝から晩まで二~三ヶ月考え続け
「指揮者になってみよう!」
きっと世の中の全てのジャンルの美?や決めごと?への疑問と対峙できる仕事だ!
ジジイになってもやめないで済む仕事らしいし・・・・と。

その通りで,素晴らしい仕事だった。

でもいま全て・・・・命のためにマスクして、町で食事も、話しもするな、
我慢しろと・・・・残りなんて短くて、在っても無くてもいい位だ。
え?
俺のでは無く、
君の命のため?
家族の命?
勿論判ってる。守ったつもりになったって、virusはどんどん新しいのが
どこからか出てくる。
宇宙から来ているのかも知れない。
そんなに苦しみたくなければそんなに死にたくなければ
生まれなければ良いだけ。
生きていかなければ良いだけ。


ovcl_00563_h1_l.jpg

チャイコフスキー:交響曲第4番
ショスタコーヴィチ:ロシアとキルギスの主題による序曲

壮大なる調べ。咆哮する鬼才・井上道義の魂のチャイコフスキー!井上道義(指揮) 大阪フィルハーモニー交響楽団


チャイコフスキー:交響曲第4番 ショスタコーヴィチ:ロシアとキルギスの主題による序曲
2014年大阪フィル首席指揮者に就任しすぐに癌が発覚し、長期休養を余儀なくされた井上道義が再び大阪フィルの定期演奏会に戻り、ライヴ収録されたものが当盤になります。闘病後の公演とは思えぬほど、エネルギー感にあふれる渾身のチャイコフスキーとなりました。井上道義の才気が研ぎ澄まされ、一音一音に魂がほとばしり、音楽が精気とともに躍動。大阪フィルの重厚なサウンドで、まさに全身全霊でチャイコフスキーを表現します。大阪フィルと井上道義の新たなるスタートとなり、井上道義の完全復活を示す見事な演奏で会場は大いに沸き上がり、さらなる発展を期待させます。完全復活井上道義の「魂のチャイコフスキー」をぜひお聴き下さい。(EXTON)
録音:2014年10月23、24日 大阪・フェスティバルホールにてライヴ収録

Schedule

1冊でわかるポケット教養シリーズ 指揮者の世界
第2章は井上道義の特別インタビュー「僕が指揮者になって、今も続けている理由」

71y585U50+L._SL1417_.jpg

ショスタコーヴィチ:交響曲 第7番 「レニングラード」

大阪フィルハーモニー交響楽団

OVCL00627.jpg

ショスタコーヴィチ:交響曲第11番「1905年」

大阪フィルハーモニー交響楽団

ovcl_00563_h1_l.jpg

チャイコフスキー:交響曲第4番
ショスタコーヴィチ:ロシアとキルギスの主題による序曲

大阪フィルハーモニー交響楽団

61iTh9qI5UL.jpg

伊福部昭×井上道義 2016熱狂ライヴ「協奏四題」

井上道義 指揮 東京交響楽団 ...