【公演中止】大阪フィル 第548回定期演奏会

2021.05.29
大阪府 : フェスティバルホール
午後 3時開演(午後 3時開場)

マーラー/交響曲 第7番 ホ短調「夜の歌」

大阪フィルハーモニー交響楽団

チケット: A席:6,300円 B席:5,300円 C席:4,200円 BOX席:7,400円 学生席:1,000円
演奏会お問い合わせ先: 大阪フィル・チケットセンター Tel:06-6656-4890

【道義より】

大阪で「無観客で配信のみしかやってはならん!!」と皆さんが選んだ首長
(民主主義・・だ)に云われ昨年3月、大フィルと井上は,渾身のエネルギーと
アイディアで、民間の若いYOUチューブ配信業者と手を組み、大阪フェスティバル
ホールの案内、歴史、等も含めStravinskyの「春の祭典」をお客さんの居ない!!
空っぽのホールで演奏し、音楽が始まったときに舞台袖で一緒にその印象を描き
始めて、終わったときにすぐさま画面で絵(カズオオモリ氏)を発表の
「アートアトラクション」等も含めた為か、あの時点で先進的な事件であったためか、
19万アクセスという前代未聞の「数字」を残した経験がある。

収束しているはずだった一年以上が経った今、同じ事をやろうとは、実は僕も大フィルの
事務局長も、誰一人も、考えなかった。何故か。


あの時の数字はクラシックの世界では記録としては大したものだったが、1年経ち今は我々は
あの方向に、・・・楽に感じられる方・・・に、進むことは禁断の行為と判断したのだ。
いま「オーケストラ演奏」の本質が以前よりはっきりしたからだ。
ソロ音楽家のリサイタル等と比較すれば,オーケストラ音楽会は、祝祭性と、社交性
(別の言葉にすれば対社会性)の中に存在するものなのだと。
だから、どんなに素晴らしかろうがオンボロだろうが、有名だろうが無名であろうが、
オーケストラ音楽の無観客配信に本当の存在意味はない。
「見出し」としての役割以外。オペラもしかりだ。生の音でこそ存在意味がある!


現実の海より海の動画の方が良いと思う人は、我々の言うコンサートには来なくて良い。
《もっともそんな俺も6年前、遺漏チューブで食べて?いた2ヶ月間、普段の歯で噛んで
食べるより楽で、米だパンだと選ばないで良いし早く終わるし、一生これでもいいや
と思ったものだが》
加えて、誤解して欲しくないが、お客さんが入ってのconcertの配信や放送はドキュメント,
記録、であって、歴史として残す意味もあり天変地異や事件のニュース記録等と同じ、
必要な行為だ。


(だから、俺は常にCD編集時にエンジニアに「ホールでの音と違いすぎる、音が近すぎる)
(明快すぎる、楽譜が見えるような演奏←つまらない演奏!と思わせたくない!」と言い)
(映像編集に「そんなドあっぷ!やめてくれ、誰が歌手や演奏者の偽の指輪や虫歯まで)
(見たいものか」と言っている・・・・)   脱線


しかし,総理始め多くの知事達は,恐怖を扇ぎ立てるマスコミと共に、人が集まる行為を
十把一絡げに「民主主義的に平等に」=乱暴にあつかい、客席に座るだけの映画館、
立って観る他人と会話のない美術館、犬も歩けば棒に当たりたい公園から人びとを
閉め出し、飲酒すれば何故か声が大きくなり唾を飛ばす人達のためか、混み合い
汗だくでワーワーやる(野蛮な不要不急な?ライブ?)等を・・を止めたにも関わらず、
通勤電車、バスも皆が触る店の前の暖簾も止めない緊急命令?(票にも経済にも烈しく
影響する)を出したのは、間違った行為だ・・・この辺切り取って使うと炎上とか
しやすいのだろう。   
野蛮な行為は俺だって時には大好きだ。
もっともいわゆる先進国では,今回は同じかもっと烈しいロックアウトだから、
大阪だけが、変だと言っているわけではない。彼を選んだ人を先頭に、大阪の皆さんが
オカシイと言っているのだ。世界中がオカシイ「僕はおかしくない」と言っている訳。

きっとこれを読んで、あなたは、
井上道義=最低、非国民、感情が抑えられない違和人!エキセントリックすぎる!
オワったイカレジジイ、もう、いんせいしろ!とヨウセイするだろう。
僕は去年3月に、対virusの戦いは初めから負け戦なんだから、収束させるなんて無理だ
諦めろ、なんとか共存するほかないと言ってきた。
岡部信彦氏は庭の雑草を摘まむようにするほかないと言っていたが、俺は雑草は強い、
負けまっせと言っていた。
他の所では、これはまるで中東問題、南北問題、宗教問題と同じで解決はしない、
なんとか共存するほかないとも。


多くの日本人は敗戦と云いたくない人達らしく、この75年間、終戦と云って過去を
水に流そうとしてきた。負けたと認めたくない・・。
しかし「想定外」な事に太古の昔からタンパク質を被ったDNA、ヤドカリとして
生きてきたヴィールス先輩、の手玉にかけられ1年過ぎても世界中、うまく共存出来て
ない。運悪くスマートフォーン、パソコンの普及と共に、死や病気の「恐怖」は
死と生の分断、という不可能なイメージと共に世界中に振りまかれ、便利な飛行機と共に
広がっている。
実はずっと以前から存在していたのに知らないだけで命名していなかっただけなのに・・・・。


真の危急の問題は人類が増えすぎていることだが、いま人びとはそれを認めない。
長生きは良いことになっている。そんな馬鹿な!条件があるだろう。
産まれることは素晴らしいことになっている。それは生き物の本能でしかない。
そんなアンビバレンツの狭間で、人とは人と「手を触れるな!話すな!寄るな!」
と言えるのか?   
まるで「真の人類愛とはそれら三密をしない事だ」とか言える?
ワクチン?世界中の全ての人に?出来るわけ無い、罹って死ぬのはいわゆる
ワクチンが行き渡らない貧民だ。

そろそろ指揮者としての立場に戻ろう。

今回、「人間がどうであれ地球はそれでも回る」と言ったガレリオの言葉を交響曲に
したような、マーラーの7番は、今こそ演奏されるべきだ。
この作品を俺は延期しての2年先?今のように振る元気があるとは思えない。
だから、自分の方から今楽員全員が録音を残すだけでも意義があると思えるなら、
と資金提供を考えた。しかし,どうもこれはいかにもドンキホーテ的な行為であると
引き留めも強く、結局手を引くことになった。
7年前病気に倒れかけたとき、楽団は、そんな俺と前進しようと言う空気に
ならなかった過去もあるし、今は大フィルの監督でもないのだからそんなに
熱くなるなと。    そうか。
それに中止された公演には国から給付金が出るそうだ。潰れることもないみたい。
独りよがり、空騒ぎ、道義の道楽と付き合うだけになっちゃう・・・とさ。

笑止。


手を触れるな!話すな!寄るな!
まるで、「真の愛とはそれらをしない事だ」とでも云えるのか。今でなくいつ?


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