新日本フィル #638〈サントリーホール・シリーズ〉

2021.11.29
東京都 : サントリーホール 大ホール
午後 7時開演

武満徹 : 弦楽のためのレクイエム(井上道義・尾高忠明/2021年版)
モーツァルト : 交響曲第39番 変ホ長調 K.543
ドビュッシー : 牧神の午後への前奏曲
ストラヴィンスキー : バレエ音楽『ペトルーシュカ』(1947年版)/亀井聖矢[Pf]

新日本フィルハーモニー交響楽団

●指揮者井上道義氏が武満徹「弦楽のためのレクイエム」を語る

チケット: 1回券 : S席9,500円 A席8,000円 B席6,000円 C席5,000円 P席4,500円
演奏会お問い合わせ先: 新日本フィル・チケットボックス TEL.03-5610-3815

【道義より】

無事コンサートは終わった・・・が、この数日間の疾風怒濤の
事件をしっかり記録しておこうと思う。でも今は、
ペトルシュカの片思い、牧神の片思い、27歳の武満さんや
モーツアルトの若い晩年の音楽に描かれた、現実より美しい世界
の中でまどろもうと思う。
古く新しい新日のみんなと、土曜日と月曜と新しいパターンの
新日定期会員の皆さんと共に。       お休みなさい!

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日曜日、以前ドンジョバンニで素晴らしい演出を作り上げてくれた
森山開次さんのダンスを見に行くまでに書き上げようと始めたが
全然文をまとめきれなかった。今はもう火曜日。
開次さんは権代君と猿谷さんの雅楽作品にダンスを付けていて、
以前パリでやったものの再演。特に以前ドンジョバンニに出演
した四人の個性と実力が高く心も体も美しいダンサー達が素晴
らしく(碓井菜央、梶田留以、引間文佳、南帆乃佳)   遠い
新百合ヶ丘まで行って良かった。柿生周辺は小学生の頃クラス全員
でハイキングをした頃は見渡す限り林の丘陵地帯だったので
道義歴史地図では懐かしい田舎なのだ。
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これがその頃の弘法の松!


さて、、、
今回のブログは今までの僕自身のコンサートの後の日記のような
ものから大いに逸脱したものになりそうだ。


クラシック音楽の歴史上、音楽家が自分の演奏に、紹介の話しや、
事後文を添えるという行為はこの数年間始まった悪癖、又は単なる
はやりなのに、まるでそれが必要と当たり前のようにとらえられ
行われている。美術の世界でもデザインの世界でも、あらゆる芸術
がアートというカタカナの概念でもって何となく
「ファッショナブル」に捉えられ、敷居を低く!と言う運動と
相まって大衆、すなわちマスの人々を捉えること、世界での「成功」
がその価値の第一目標となった。まるで選挙に出るように。
勿論クラシック業界の観客が増える結構なことだが、僕は同時に
否定的で疑問を持つ。何故ならば、世界中「殆どのお客さん」は音楽
の良い悪いの違いはわからないからだ。作品の価値判断、演奏の価値判断を
主体的に出来ない。今は絶滅危惧種の殆どの批評家も、僅かな例外
を除いて同じ。ほんとのコーヒーとインスタントのそれの違いが
わからない程度!


昨晩のサントリーホールでのコンサートはかなり良い結果であった。
その為か楽員さんが引けた後、僕はコンマス(チェ・ムンスク君)に
引っ張られて本当は10日前に帯状疱疹になり、やっと治ってヘトヘト
ボロボロな道義はヤットコサットコ舞台に引き出され、お客さんの拍手を受け、
そりゃうれしかったですよ。
でもこのコロナ渦では、そのような場面を逆に沢山見聞きする。
そして何処がよいと言えるのか良いかわからない演奏の後でも、
ああいう形のお立ち台風エピローグ拍手が「はやっている」。多分、
生の音楽が聴けて良かった嬉しいありがとう!と言うお客さん側の
素直なメッセージなのだろう。でもいい加減な演奏、わけ解らない
演奏にさえ、「コロナなのに生オケ聴けて嬉しい」的、儀式的な拍手
をお客さんの方が好んでやるのをわりとコンサートを聴きに行く
道義は見て・・・・「あれと同じなんだ!」と感じてしまって
・・・・・素直に出ていくのを憚った。


コロナ渦とコンサートホールでの音楽会の関係なんかないじゃないか!
大体、昔から咳や、飴をなめる音さえも憚られるクラシック
コンサート会場で鑑賞に(ホワイエや電車でマスクをする理由が
ないとは言えないが)virusの何百倍も大きい花粉症の防護にも
ならないマスクして、何とか唾を飛ばさないためにしているのに
「ブラヴォー」を言わせないと言う理不尽てなに?
気遣い圧力の異常さは なに?
はなにマスクがかかってない!と注意する人
は なに?


11月の中旬、高崎にいたとき、僕は帯状疱疹で夜も眠れなかった。
70年前に罹患した水疱瘡ウイルスが神経節の中に住み続け、
それが加齢やストレスで顕在化したそうだ。きっと沢山のまだ
識らない「憂い留守」がきっと人の身体には、もっともっと
うようよしていることは明らかだ。
生きた音楽、まともな音楽、を聴きたいという衝動、思い、飢餓感、
があるなら、人は音楽会に来るべきなのだ。辛めの風邪の恐れなんか
より、生きる為の情動に栄養を与えるべきだ。
ヘトヘトでも開次なら新百合まで行くぜ俺だって!


・・・・僕の先輩のおじさんおばさん達は1945年の東京大空襲後
でさえ日比谷公会堂に音楽が聴きたくて行ったのだ。
死なんかよりも大事なのが毎日の「色んな出来事」じゃないの?
何も起こらない事こそ死じゃないの?その上死は悪いものではない。
恐れることもない。生まれ方や生まれる場所によって幸不幸がある
と思える誕生よりもイキモノに平等に与えられるのが、死後の平安だ。


だから・・・そう、僕も・・・・呼び出してくれたSUNTORYでのあの夜の
お客さんの拍手は、何処かのわけのわからないらない同調集団拍手
とは違うんだ!と「思うこと」にして胸を張って拍手に感謝を思い
感じることにした。

現に本当に素晴らしいプログラムだった。デュトワさんに感謝。
でも同時にピノキオのように足がフラつくジジイ、の自分が居た。
もう2度と出来ないプログラムと感じたさぁ。

サントリー大ホールは、ハマりすぎた武満のレクイエムも含めて、
牧神とかあのサイズでのモーツアルト、対照的に騒がしさが愉しい
ストラヴィンスキーなどにピタリとはまり、昨今街角からも村の広場
からも、すっかり聞こえなくなくなった祭祀的世界・・・が
あそこには今もある。佐治敬三さんは素晴らしいものを残してくださった。
勿論あの残響にはまらない作曲家、合わない作品もあるが、わざわざ掘り返すの
はコーヒーの話しと同様、野暮ですね。

☆★☆★

道義は2024年12月をもって引退を決めました。
年寄りとみれば訳もなくこの業界で祭り上げられる老練指揮者とか、
震えフラつく枯淡の境地?のシテ演者、滑舌が落ちた役者、政治家とか
煽てられての存在は勿論、脳も身体も元気でない長生きというのも
俺は嫌なのだ。   
ごめん。決めた。 



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ショスタコーヴィチ交響曲全集 at 日比谷公会堂
「今はショスタコーヴィチは僕自身だ! 」と語る井上道義2007年に成し遂げた「ショスタコーヴィチ交響曲全曲演奏会at日比谷公会堂」。 日本人指揮者唯一の偉業となる一大プロジェクトをぜひお聴き下さい。

Schedule

1冊でわかるポケット教養シリーズ 指揮者の世界
第2章は井上道義の特別インタビュー「僕が指揮者になって、今も続けている理由」

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ショスタコーヴィチ:交響曲 第7番 「レニングラード」

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