<井上道義的ショスタコーヴィチ世界> 3

2007.10.25

<音楽はアートだ! 真実をえぐる響き 井上道義的ショスタコーヴィチ世界> 3

(3)戦争の時代 交響曲第7番~第9番


【交響曲第7番 ハ長調 作品60 「レニングラード」】
[オフザケと狂気は全く逆を向いている]
〈作曲〉1941年

〈初演〉1942年3月5日、
サミュエル・サムスード指揮、モスクワ・ボリショイ劇場管弦楽団

〈楽章構成、演奏時間〉4楽章、約75分
第1楽章アレグレット-モデラート
第2楽章モデラート ポコ・アレグレット-第3楽章アダージョ-ラルゴ-第4楽章
アレグロ・ノン・トロッポ-モデラート

〈編成〉木管楽器13、金管楽器11、打楽器9、ハープ、ピアノ、弦5部、別動隊
(金管楽器10)

〈日本初演〉1950年5月27日、上田仁指揮、
東宝交響楽団(現・東京交響楽団)(日比谷公会堂)

〔作品について〕
 ナチス・ドイツのソ連侵攻開始と相前後して作曲が始められ、レニングラード包囲
戦の最中に完成。オーケストラの編成は非常に大きく、ショスタコーヴィチの交響曲
で最長の演奏時間を要す。当初は「戦争」「回想」「祖国の大地」「勝利」と各楽章
に副題がつけられ、表面上はファシズムとの闘争と華々しい勝利への確信を描いてい
るが、音楽に込められた真意には謎が多い。作曲者自身もナチスの侵略を想起させる
と、早くから副題を削除している。バルトークは第1楽章の「戦争の主題」を「管弦
楽のための協奏曲」第4楽章で引用し、ショスタコーヴィチに対する糾弾とナチス批
判をほのめかしている。

≪井上道義の目≫
 私がショスタコに真に「はまった」のはこの第1楽章を「フザケタボレロ…」と
思った20年前。一昨日の感じです。オフザケと狂気は全く逆を向いていることを
知った。父や母が戦争の話をしたがらないわけもわかり始めた頃だ。
 人間は弱く、知らないうちに少しずつ狂気=戦争というに蝕まれるのだろう。心せよ!!
 7番が初演された頃、レニングラードでは都市封鎖で毎日3000人が死に、飲む
水も十分になかった。日比谷公会堂では大本営発表を信じていた人々が、クラシック
コンサートに通い2日に1回は行われていた。アメリカ生まれの私の育ての父は英語
に堪能であるというだけで日本ではスパイ扱い。耐えられずフィリピンに移住、母も
(いわく、「あこがれの軍艦!」に守られ)船で彼の後を追った頃だ。数年後、日比
谷公会堂は米軍による空襲での遺体置き場となる。

〔ショスタコーヴィッチの周辺〕
 900日間、死者100万人に及んだといわれるレニングラード包囲戦に遭遇し、
自らも防空監視隊の一員となっていたショスタコーヴィチ。戦況の激化により政府か
ら勧告を受け、臨時政府の置かれたクイビシェフに疎開。初演は同地の文化宮殿で行われ、
ソヴィエト全土に中継放送されて大成功を収めた。楽譜は国家機密扱いとされ、
マイクロフィルムでテヘラン、カイロ経由で連合国側国家に運ばれる。42年6月29日に
ロイヤル・アルバート・ホールでロンドン初演。同7月19日にはアルトゥーロ・トスカニーニ指揮、
NBC交響楽団が米国初演。全世界にラジオ中継された模様はCDとして発売されている。

〔同時代の音楽〕
1941年
小倉朗:交響曲 イ短調
クレメンス・クラウス、ザルツブルク音楽祭音楽監督就任
プラシド・ドミンゴ、ユーリ・シモノフ生
パデレフスキー没

1942年
藤原歌劇団「ローエングリン」日本初演
マウリツィオ・ポリーニ生
ツェムリンスキー没

〔その時、世界は〕
1941年
スターリン、ソ連首相就任
ナチス・ドイツ、ソ連に侵攻
大東亜戦争勃発

1942年
ミッドウェー海戦

―――
【交響曲第8番 ハ短調 作品65】
[本当の芸術は材料なぞ何でも良い]
〈作曲〉1943年

〈初演〉1943年11月4日、
エフゲニー・ムラヴィンスキー指揮、レニングラード・フィルハーモニー交響楽団

〈楽章構成、演奏時間〉5楽章、約60分
第1楽章アダージョ
第2楽章アレグレット
第3楽章アレグロ・ノン・トロッポ
第4楽章ラルゴ
第5楽章アレグレット

〈編成〉木管楽器14、金管楽器11、打楽器8、弦5部

〈日本初演〉1948年3月9日、上田仁指揮、東宝交響楽団(日比谷公会堂)

〔作品について〕
 長期化の様相を呈していたレニングラード包囲戦のかたわら、ヴォルガ河西岸では
独ソがにらみ合い、第2次大戦のターニングポイントとなったスターリングラード
攻防戦(42年6月28日~43年2月2日)が展開された。史上最大の市街戦の
犠牲者ために作曲され、ショスタコーヴィチの交響曲の中で最も悲劇的な色に包まれている。
葬送行進曲の面持ちをもった第4楽章のパッサカリアの後、ハ長調ながら空疎な
感覚をもった第5楽章でフィナーレを迎える。途中で輝かしい勝利を告げるが、最後
は明るい和音ながら消え入るように結ばれ、戦後の社会への懐疑が象徴されている。

≪井上道義の目≫
 戦争交響曲とも言われる。本当の芸術は材料なぞ何でも良いのだ,材料そのものを
表現したって芸術とはいえないのだから。その逆も真なりだがね。どんな戦いの中にも
素晴らしい興奮と生きる現実の喜びが人に与えられているではないか。ふふふ。

〔ショスタコーヴィッチの周辺〕
 交響曲第7番でスターリン賞第1席、功労芸術家の称号を受け、43年3月には
モスクワ音楽院教授に就任。長期化するナチス・ドイツとの闘いに奔走する当局の監視
が緩んだのを捉え、第7番と同様の戦争を主題とした交響曲ながら、第8番は批判精神に
富んだ内容を盛り込んでいる。「反革命的、反ソヴィエト的」とまで指摘された姿勢は
後のジダーノフ批判へと繋がり、第2次大戦後の冷戦下では第8番は冷遇され、
80年代まで演奏や録音の機会には恵まれなかった。


〔同時代の音楽〕
1943年
オルフ:「賢い女」、伊福部昭:「交響譚詩」初演
ラフマニノフ没

〔その時、世界は〕
1943年
日比谷公園で山本五十六海軍大将国葬
イタリア、無条件降伏
カイロ宣言、テヘラン会議

―――
【交響曲第9番 変ホ長調 作品70】
[人民の期待?を軽くうっちゃる喜び]
〈作曲〉1945年

〈初演〉1945年11月3日、
エフゲニー・ムラヴィンスキー指揮、レニングラード・フィルハーモニー交響楽団

〈楽章構成、演奏時間〉5楽章、約25分
第1楽章アレグロ
第2楽章モデラート
第3楽章プレスト-第4楽章ラルゴ-第5楽章アレグレット

〈編成〉木管楽器9、金管楽器10、打楽器5、弦5部

〈日本初演〉1948年11月18日、上田仁指揮、東宝交響楽団(日比谷公会堂)

〔作品について〕
 第2次世界大戦戦勝を祝う交響曲として作曲。「賛歌つきの勝利の交響曲」とショス
タコーヴィチ自身が予告しながらも、合唱のない30分に満たない軽妙洒脱な作品と
して完成。形式主義を批判する当局そのものを形式主義と指弾すべく、古典形式を
踏襲したパロディーとした。ソナタ形式を墨守しながらアイロニーに富む第1楽章、
暗澹たる情趣を背後に忍ばせる第2楽章を経て、諧謔味に溢れるスケルツォ、悲劇的な
緩徐楽章、民謡主題を扱って破滅的な匂いを感じさせる熱狂のクライマックスへと
一気に突き進む。

≪井上道義の目≫
 楽しい、面白い、ユーモアがある、やさしい、でも崩れない品位があり、交響曲1番の
ようでもあり、まるでハイドンのシンフォニーのようで、演奏者も楽しめる。
サッカーの好きなショスタコ、意外と恋愛も多かったショスタコの、確信犯的な
おもちゃの兵隊のような凱旋フィナーレ、人民の期待?を軽くうっちゃる喜び=ショスタコの
真骨頂。ははは。

〔ショスタコーヴィッチの周辺〕
 ベートーヴェンの第九と同様の喜びを歌い上げる超大作への期待をはぐらかし、
ディヴェルティメント的な第9番は、当局への命がけの主張。それと同時に、30年代後半
から頭をもたげていたユダヤ音楽への関心は、この作品に顕著に表れ、第5楽章に
ユダヤ音楽の明らかな引用が認められる。それはマーラーへの特別な親近感や
ショスタコーヴィチ周辺のユダヤ人の仲間の存在を示している。


〔同時代の音楽〕
1945年
プロコフィエフ:交響曲第5番、ブリテン:「ピーター・グライムズ」初演
バルトーク、ヴェーベルン、マスカーニ没
ウィーン・フォルクスオパー再開

〔その時、世界は〕
1945年
第2次世界大戦終結
国際連合発足

--
産経新聞「モーストリー・クラシック」編集部 谷口康雄

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