<井上道義的ショスタコーヴィチ世界> 4

2007.11.01

<音楽はアートだ!真実をえぐる響き 井上道義的ショスタコーヴィチ世界> 4

(4)体制の中から 交響曲第10番~第13番


【交響曲第10番 ホ短調 作品93】
[誰が自分を完全に説明できますか?]
〈作曲〉1953年

〈初演〉1953年12月17日、
エフゲニー・ムラヴィンスキー指揮、レニングラード・フィルハーモニー交響楽団

〈楽章構成、演奏時間〉4楽章、約50分
第1楽章モデラート
第2楽章アレグロ
第3楽章アレグレット
第4楽章アンダンテ-アレグロ

〈編成〉木管楽器12、金管楽器12、打楽器7、弦5部

〈日本初演〉1954年11月11日、上田仁指揮、東京交響楽団(日比谷公会堂)

〔作品について〕
第2次世界大戦の戦勝を祝う大作と期待された第9番を小規模な作品とした
ショスタコーヴィチは激しい批判を受け、レニングラードとモスクワの音楽院教授を退任。
スターリンが死去した1953年に8年ぶりに交響曲作曲の筆を執る。
古典的な4楽章構成とし、全編が陰鬱な気分に包まれてる。47年から48年にかけて
作曲した名作、ヴァイオリン協奏曲第1番と同様にドミトリー・ショスタコーヴィチ
(Dmitrii SCHostakowitch)の綴りによるDSCH[レ=D、ミのフラット=Es(エス=S)、
ド=C、シ=H]の音の並びを作品全体を貫く重要なテーマとしている。

≪井上道義の目≫
彼は作曲界の長嶋、イチロー、松井。人は彼を材料に色々書き、言う。
しかし彼は彼の心と頭から出る音形を楽譜に書きとめようとしているだけで、
彼自身にだってその出所がわからない事だってあるのだから。
誰が自分を完全に説明できますか?

〔ショスタコーヴィチの周辺〕
第9番に対する徹底的な批判を受け、スターリンが推進していた植林事業を賛美する
オラトリオ「森の歌」などを作曲して、“名誉回復”を図ったショスタコーヴィチ。
一時をしのぐと、1953年にスターリンが死去。フルシチョフらのスターリン批判が
台頭した“雪どけ”の時代が到来すると、真っ先に交響曲の作曲に再着手。
暗澹たる世界が広がる第10番に対しては、反社会主義的指摘とシェークスピア的
悲劇への類似という賛否両論が巻き起こり、作曲家同盟での3日間におよぶ論争は、
ソ連国内のみならず世界の耳目を集めた。

〔同時代の音楽〕
1953年
プロコフィエフ、平尾貴四男、ジャック・ティボー、キャスリン・フェリア没
チョン・ミョンフン、吉松隆、ヴァレリー・ゲルギエフ、アンドラーシュ・シフ生まれる
「魔笛」、プロコフィエフ:交響曲第7番日本初演
ギーゼンキング、シゲティ、レヴィ、スターン来日

〔その時、世界は〕
1953年
ヨシップ・ブロズ・チトーがユーゴスラビア大統領就任
スターリン没
バカヤロー解散
ソヴィエト連邦が水爆保有発表

―――
【交響曲第11番 ト短調 作品103 「1905年」】
[凍るようなロシアの長編小説]
〈作曲〉1957年

〈初演〉1957年10月30日、ナタン・ラフリン指揮、ソヴィエト国立交響楽団/
エフゲニー・ムラヴィンスキー指揮、レニングラード・フィルハーモニー交響楽団
(同日初演)

〈楽章構成、演奏時間〉4楽章、約60分
第1楽章 宮殿前広場 アダージョ- 第2楽章 1月9日 アレグロ-
第3楽章 永遠の記憶 アダージョ- 第4楽章 警鐘 アレグロ・ノン・トロッポ

〈編成〉木管楽器12、金管楽器11、打楽器8、ハープ2~4、チェレスタ2、弦5部

〈日本初演〉1958年5月30日、上田仁指揮、東京交響楽団(日比谷公会堂)

〔作品について〕
1905年1月9日に起こった、帝政ロシアのロマノフ王朝に対する6万人の
請願行進に対する弾圧「血の日曜日事件」に材をとって作曲。切れ目なく演奏される
4つの楽章に表題が与えられ、大きな交響詩のようなスタイルを持つ。労働歌、民謡
などを織り込み、民衆の死と鎮魂を映し出す。クライマックスのチューブラベルの連打で
帝政ロシアへの鉄槌が下されるが、作曲家の胸中にある怒りの矛先はさまざまに解釈される。

≪井上道義の目≫
良い演奏ならばこの曲はまるで時間を越えて凍るようなロシアの長編小説、
長編歴史映画を見るような音絵巻だ。交響曲の世界は素晴らしい。殺されることなく
2つの革命(第12番とともに)を経験できるのだから…。平和の時代に生きる事への
罪の感覚が芽生えさえするのが恐ろしい。

〔ショスタコーヴィチの周辺〕
内省的な内容を持つ第10番初演の翌年の1954年に妻ニーナ、55年に
母ソヴィーアを相次いで亡くしたが、57年には作曲家同盟委員長となる一方、
第11番でレーニン賞を受けるなど、スターリン死後の新しい風潮のなかで
作曲家としての高い地位を確立していった。

〔同時代の音楽〕
1957年
シュトックハウゼン:3群のオーケストラのための「グルッペン」、
クセナキス:「アホリプシス」、ブーレーズ:ピアノ・ソナタ第3番、
プーランク:「カルメル会修道女の対話」初演
アルトゥーロ・トスカニーニ、デニス・ブレイン、シベリウス、
コルンゴルト、メニアミーノ・ジーリ没

〔その時、世界は〕
1957年
ソ連、人工衛星スプートニク打ち上げ

―――
【交響曲第12番 ニ短調 作品112 「1917年」】
[何が起こっても何も変わらない「世界」]
〈作曲〉1961年

〈初演〉1961年10月1日、エフゲニー・ムラヴィンスキー指揮、
レニングラード・フィルハーモニー交響楽団

〈楽章構成、演奏時間〉4楽章、約40分
第1楽章 革命のペトログラード モデラート-アレグロ-
第2楽章 ラズリフ アレグロ-アダージョ-第3楽章 オーロラ号 アレグロ-
第4楽章 人類の夜明けアレグロ-モデラート

〈編成〉木管楽器12、金管楽器11、打楽器6、弦5部

〈日本初演〉1962年4月12日、上田仁指揮、東京交響楽団(日比谷公会堂)

〔作品について〕
ソヴィエト共産党第22回大会祝賀のために作曲。1917年に起こった十月革命
(ロシア革命)を題材とした表題音楽で、第11番の姉妹作的存在。4つの楽章が
切れ目なく演奏される点も同様。レーニン賛美を企図して作曲されたが、ショスタ
コーヴィチはその当初の計画とは全く違ったものを書き上げたと語っている。

≪井上道義の目≫
この曲の中に音楽の流れをせき止める音が数回出てくるが、何の関係もない音形
なのでロシア語の堪能な一柳さんに聞いてみた。数日して「スターリン」と読めると
聞いた。なるほど! 彼が出てくればすべては止まる。息の根が止められる。
最終楽章は革命の後の「何も変わらない黄昏のような朝焼け」さ。それは我々も
知っている。政権が変わっても首相が代わっても何も変わらない「世界」を。
でも誰にでも希望は与えられている。この曲が15曲の中で一番出来が悪いと
いう人が多いらしい。本当か?まあ聴いてください。

〔ショスタコーヴィチの周辺〕
1958年から脊椎性小児麻痺による右手の不調に悩み、60年には息子で指揮者の
マキシムの結婚式で転倒して右足を骨折するなどの難が続く。革命やレーニンを
賞賛する第12番の初演年には共産党に入党。その引き換えにレニングラード音楽院
の教壇に復帰した。 

〔同時代の音楽〕
1961年
トーマス・ビーチャム、ヴァーツラフ・ターリッヒ没
ケージ:「沈黙」刊
東京文化会館完成

〔その時、世界は〕
1961年
ジョン・F・ケネディ米大統領就任
ガガーリンが有人宇宙飛行
ベルリンの壁
スターリン批判激化

―――
【交響曲第13番 変ロ短調 作品113 「バビ・ヤール」】
[イソップ的世界からの鉄槌]
〈作曲〉1962年

〈初演〉1962年12月18日、キリル・コンドラシン指揮、
モスクワ・フィルハーモニー管弦楽団、
V.グロマッツキー(バス)、ロシア共和国合唱団、グネーシン音楽大学合唱団

〈楽章構成、演奏時間〉5楽章、約55分
第1楽章 バビ・ヤール アダージョ
第2楽章 ユーモア アレグレット
第3楽章 商店で アダージョ
第4楽章 恐怖 ラルゴ
第5楽章 立身出世 アレグレット

〈編成〉木管楽器12、金管楽器11、打楽器13、チェレスタ、ハープ2~4、ピアノ
バス独唱、バス合唱、弦5部

〈日本初演〉1975年12月5日、山岡重信指揮、早稲田大学交響楽団

〔作品について〕
ウクライナの首都キエフ近郊の町バビ・ヤールで第2次対戦中に起こったナチス・
ドイツによるユダヤ人虐殺に取材した反体制派詩人エフゲニー・エフトゥシェンコの
詩から生まれた交響曲。単一楽章のみで計画されたが、バスのソロ、合唱を持つ
5楽章の作品として完成。帝政ロシア時代から続くユダヤ人迫害に向き合った問題作で、
フルシチョフ政権は「ユダヤ人虐殺」のくだりを「ファシズムによるロシア侵略」への
訂正を指示している。

≪井上道義の目≫
名曲! ロシア語の詩は字幕で出します。飛んで跳ねるイソップの世界に身を隠し、
ユダヤ人差別を、身近なこととして偽善的な庶民へも突きつける内容。
日本にも差別はあるがそれをここまで赤裸々に音楽化しようとした
勇気ある作曲家はいない。彼はそれをあのソヴィエトの中でやった真の命知らず!
実はあの頃のレニングラードフィルにはたくさんのユダヤ人がいたのだ、皆それを隠していた・・・・。
そんな真の勇気を持つ男が書いた作品を暴走族や町の落ガキ達に聞かせたい。

〔ショスタコーヴィチの周辺〕
専横な「社会主義リアリズム」の強要からゆるやかな解放がみられた“雪解け”時代の
象徴的出来事として、1936年に完成しながら、演奏が果たされなかった交響曲
第4番が61年に初演。60年には、やはりナチスの侵略への抗議を標榜しながら、
作曲家自身のさまざまな思惑を巧みに織り込んだといわれる傑作、弦楽四重奏曲
第8番を完成。62年にイリーナ・スピーンスカヤと再婚。翌63年には聴衆の喝采を
受けながら指弾を受けた歌劇「ムツェンスクのマクベス夫人」改訂板として「カテリーナ・
イズマイロヴァ」初演など、実りの多い時期を迎えていた。

〔同時代の音楽〕
1962年
クセナキス:「ST/48-1」
フリッツ・クライスラー、ブルーノ・ワルター、アルフレッド・コルトー、
イベール、アイスラー没
ビートルズがレコードデビュー

〔その時、世界は〕
1962年
マリリン・モンロー、ヘルマン・ヘッセ没
堀江謙一、ヨットで太平洋単独横断
キューバ危機




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