「どれを聴く?」迷ったら→井上道義・ショスタコーヴィチ交響曲 コメント

2007.11.01

僕は今回の全曲演奏会で、できれば解説とか予備知識なしに、または
あってもそれを一回捨てて、彼の作品そのものに触れていただきたいのです。
                            ――「月刊ぶらあぼ」2007.11月号より

*「音楽はアートだ!真実をえぐる響き 井上道義的ショスタコーヴィチ世界 《井上道義の目》」 より*

(1)アヴァンギャルドの時代 交響曲第1番~第3番

【交響曲第1番ヘ短調作品10】  2007.11.3.sat 17:00~
[ショスタコーヴィチの全ての爆発を確認する]
 19歳の、すでにそれまで4年間家族の経済を支えてきたしっかりした少年の
模範的卒業作品。しかし、ここそこに彼の才能の爆発、以後の彼自身の心の支えになる
独自の響き、形、性格が隠れている。彼は天才だが遅咲きのほう、ピアノを始めたのは
9歳なのだ。あなたの息子も、今からでも遅くないかも。

【交響曲第2番 ロ短調 作品14 「十月革命に捧ぐ」】  2007.11.3.sat 17:00~
[集団の中で住む場所を探す]
曲の後半サイレンが鳴るまでは、まるでフォービズム、ある時代のピカソのよう。
午後の授業のベルを聞くまでに遊ぶ奔放な少年の心の中を見るようだ。人は、集団に入れば
その中で自分の住む場所を見つけねばならない、どちらも人間の存在の表裏を形づくる世界だ。
強制とか自由とかの問題ではない。

【交響曲第3番 変ホ長調 作品20 「メーデー」】  2007.11.3.sat 17:00~
[ハプニングアートの時代を30年先取り]
 音の抽象画を狙ったと思える形式のはっきりしない作曲法、見方によってはオノ・ヨーコなどの
ハプニングアートの時代を30年先取りか。言語が音楽に突然社会的実用品として割り込み、
「レーニン」と叫ぶ。聴くほうも演奏するほうもプライバシー侵害を感じるような違和感。
今で言えばテレビコマーシャルの割り込みといえそうな終結部。


(2)批判との闘い 交響曲第4番~第6番

【交響曲第4番 ハ短調 作品43】  2007.12.1.sat 17:00~
[正真正銘大傑作!]
 正真正銘大傑作。これを書いた後ショスタコーヴィチが粛清されても彼は永遠に名を残しただろう。
しかし上手く生きてくれてよかった。 ここに彼の全てがあり、誰もなしえなかった交響曲の巨大な
20世紀のモニュメントだ。男の音世界はこれだ。誰だ! クラシックは、女子供のすることだと
言ったり、私はクラシック音楽がわかりませんとか言う腰抜けは?

【交響曲第5番 ニ短調 作品47】  2007.11.4.sun 15:00~
[抽象画家の描いた肖像画]
 私事ですが長年、振りたくなかった作品です。10代のころ日比谷公会堂でひどい演奏を
聴いてしまったからか、或いはほとんどの指揮者が、終楽章で乱痴気騒ぎをするばかり
だったからかもしれない。でもあるとき楽譜を真面目に見てから考えが変わった。誰にでも
判りやすい形式で、繰り返しの多い古典的方法で、自分の音楽を型にはめてみたのだ。
すでに売れている抽象画家なのに街角で町の人々の肖像画を書いたようなもの。そしたら
黒山の人だかりになったのだった。

【交響曲第6番 ロ短調 作品54】  2007.11.4.sun 15:00~
[ショスタコーヴィチの「田園交響曲」]
 「大袈裟」が嫌いな人はまずショスタコは6番から聴けば良い。ベートーベンの田園とは
違うが、平和な曲だ。日比谷で聴いて公園散歩…ソヴィエト時代のロシアに生まれなくて
良かったとか思って…ふふふ、幸福ですか?


(3)戦争の時代 交響曲第7番~第9番

【交響曲第7番 ハ長調 作品60 「レニングラード」】  2007.11.10.sat 17:00~
[オフザケと狂気は全く逆を向いている]
 私がショスタコに真に「はまった」のはこの第1楽章を「フザケタボレロ…」と
思った20年前。一昨日の感じです。オフザケと狂気は全く逆を向いていることを知った。
父や母が戦争の話をしたがらないわけもわかり始めた頃だ。
 人間は弱く、知らないうちに少しずつ狂気=戦争というに蝕まれるのだろう。心せよ!!
 7番が初演された頃、レニングラードでは都市封鎖で毎日3000人が死に、飲む水も
十分になかった。日比谷公会堂では大本営発表を信じていた人々が、クラシック
コンサートに通い2日に1回は行われていた。アメリカ生まれの私の育ての父は英語に
堪能であるというだけで日本ではスパイ扱い。耐えられずフィリピンに移住、母も
(いわく、「あこがれの軍艦!」に守られ)船で彼の後を追った頃だ。数年後、日比谷公会堂は
米軍による空襲での遺体置き場となる。

【交響曲第8番 ハ短調 作品65】  2007.12.9.sun 15:00~
[本当の芸術は材料なぞ何でも良い]
 戦争交響曲とも言われる。本当の芸術は材料なぞ何でも良いのだ,材料そのものを
表現したって芸術とはいえないのだから。その逆も真なりだがね。どんな戦いの中にも
素晴らしい興奮と生きる現実の喜びが人に与えられているではないか。ふふふ。

【交響曲第9番 変ホ長調 作品70】  2007.11.18.sun 15:00~
[人民の期待?を軽くうっちゃる喜び]
 楽しい、面白い、ユーモアがある、やさしい、でも崩れない品位があり、交響曲1番の
ようでもあり、まるでハイドンのシンフォニーのようで、演奏者も楽しめる。
サッカーの好きなショスタコ、意外と恋愛も多かったショスタコの、確信犯的な
おもちゃの兵隊のような凱旋フィナーレ、人民の期待?を軽くうっちゃる喜び=ショスタコの
真骨頂。ははは。


(4)体制の中から 交響曲第10番~第13番

【交響曲第10番 ホ短調 作品93】  2007.11.11.sun 15:00~
[誰が自分を完全に説明できますか?]
 彼は作曲界の長嶋、イチロー、松井。人は彼を材料に色々書き、言う。しかし彼は
彼の心と頭から出る音形を楽譜に書きとめようとしているだけで、彼自身にだって
その出所がわからない事だってあるのだから。
誰が自分を完全に説明できますか?

【交響曲第11番 ト短調 作品103 「1905年」】  2007.12.5.wed 19:00~
[凍るようなロシアの長編小説]
 良い演奏ならばこの曲はまるで時間を越えて凍るようなロシアの長編小説、
長編歴史映画を見るような音絵巻だ。交響曲の世界は素晴らしい。殺されることなく
2つの革命(第12番とともに)を経験できるのだから…。平和の時代に生きる事への
罪の感覚が芽生えさえするのが恐ろしい。

【交響曲第12番 ニ短調 作品112 「1917年」】  2007.12.5.wed 19:00~
[何が起こっても何も変わらない「世界」]
 この曲の中に音楽の流れをせき止める音が数回出てくるが、何の関係もない音形
なのでロシア語の堪能な一柳さんに聞いてみた。数日して「スターリン」と読めると
聞いた。なるほど! 彼が出てくればすべては止まる。息の根が止められる。
最終楽章は革命の後の「何も変わらない黄昏のような朝焼け」さ。それは我々も
知っている。政権が変わっても首相が代わっても何も変わらない「世界」を。
でも誰にでも希望は与えられている。この曲が15曲の中で一番出来が悪いと
いう人が多いらしい。本当か?まあ聴いてください。

【交響曲第13番 変ロ短調 作品113 「バビ・ヤール」】  2007.11.11.sun 15:00~
[イソップ的世界からの鉄槌]
 名曲! ロシア語の詩は字幕で出します。飛んで跳ねるイソップの世界に身を隠し、
ユダヤ人差別を、身近なこととして偽善的な庶民へも突きつける内容。
日本にも差別はあるがそれをここまで赤裸々に音楽化しようとした勇気ある作曲家は
いない。彼はそれをあのソヴィエトの中でやった真の命知らず。
その上ムラヴィンスキー独裁の頃のレニングラードフィルハーモニーの団員は
その事実を公に出来なかったがユダヤ人がとても多かったのだから・・・・・
暴走族や町の落ガキ達に聞かせたい。


(5)終の境地 交響曲第14番、第15番

【交響曲第14番 ト短調 作品135】  2007.11.18.sun 15:00~
[死とは生きること]
 宗教、神による癒しも拒否し、安心も捨てて、死と対峙するとは自信に満ちた
ショスタコも行き着くところまで極まっている。死とは生きること。死がなければ
生はないのだから。ローレライの魔女は自分に魅入られて死んだ。人は何によって
生かされ何によって死ぬか? それを見つければその人の一生は完全だ。
人にとって当の自分の人生以外に価値あるものは何だろうか? 答えは? 愛とか言うのですか?

【交響曲第15番 イ長調 作品141】  2007.12.9.sun 15:00~
[名曲は、いかようにも変貌するもの]
 この曲は指揮者によってどのようにも変貌する。名曲とはそんなもの。怖い。
愛する?新日フィルと心中。




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