モーツァルト 歌劇「フィガロの結婚」~庭師は見た!~新演出

2015.10.25
東京芸術劇場 コンサートホール
午後 2時開演

東京芸術劇場シアターオペラvol.9
全国共同制作プロジェクト(全4幕・字幕付 原語&一部日本語上演)

指揮・総監督 : 井上道義
演出 : 野田秀樹
副指揮 : 佐藤正浩

アルマヴィーヴァ伯爵 : ナターレ・デ・カロリス
伯爵夫人 : テオドラ・ゲオルギュー
スザ女(スザンナ) : 小林沙羅
フィガ郎(フィガロ) : 大山大輔
ケルビーノ : マルテン・エンゲルチェズ
マルチェ里奈(マルチェリーナ) : 森山京子
バルト郎(ドン・バルトロ) : 森雅史(5・6月公演)、妻屋秀和(10・11月公演)
走り男(バジリオ) : 牧川修一
狂っちゃ男(クルツィオ) : 三浦大喜
バルバ里奈(バルバリーナ) : コロン・えりか
庭師アントニ男(アントニオ) : 廣川三憲

新国立劇場合唱団
金沢フィガロ・クワイヤー/オーケストラ・アンサンブル金沢(5月石川公演)
フェスティバルホール フィガロ クワイア/オーケストラ・アンサンブル金沢(5月大阪公演)
兵庫芸術文化センター管弦楽団(6月6,7日兵庫、10日香川公演)
東京交響楽団(6月17日神奈川公演)
読売日本交響楽団(10月24,25日東京公演)
山形オペラ協会合唱団/山形交響楽団(10月29日山形、11月1日宮城公演)
宮崎県立芸術劇場コーラスアンサンブル/九州交響楽団(11月8日宮崎公演)


声楽アンサンブル :
佐藤泰子、宮田早苗、西本会里、増田 弓、新後閑大介、平本英一、千葉裕一、東 玄彦
演劇アンサンブル :
河内大和(5・6月公演)、川原田 樹、菊沢将憲、近藤彩香、佐々木富貴子
佐藤悠玄(10・11月公演)、下司尚実、永田恵実、野口卓磨
チェンバロ、コレペティトゥール : 服部容子

チケット: S席10,000円 A席8,000円 B席6,000円 C席4,000円 D席3,000円 E席1,500円 SS12,000円
演奏会お問い合わせ先: 東京芸術劇場ボックスオフィス 0570-010-296

【道義より】

東京でのフィガロが終わった。
幸いなことに好評それもとっても大きな反響、NHKTVは入念に録画してくれただろうし、又スイッチと言う番組にも一部取り入れられる。
一年前は文字通りヒイヒイ言っていた僕は追加公演も含め振りおおせることが出来て助けてくれた方に感謝のみ。
また、終わった時にこのフィガロの火付け役、大阪の高槻にある友紘会病院、院長の林豊行さんが打ち上げのパーティーを開いてくれたのが(僕には)最もうれしい事件だった。それらを含めここに長い道のりをまとめて書きとめます、面白いですから覚悟してください。

僕は20年ほど前に大阪で友紘会病院主催のコンサートをやった(らしい...たもとがすり合った人を僕はほとんど忘れる駄目人間・・・・)それから年月が流れ、特に5年前病院30周年を祝うコンサートを大フィルと、シンフォニーホールでやった。その時に5年先の周年記念には、是非フィガロかドンジョバンニのオペラ全曲をアンサンブル金沢の演奏でやってくださいと言われ、喜んでお約束をした。しかし林先生がきっと頭の中にある「ふつうのフィガロ」はやっても先生を歓ばせるだけだな、と心の中ではメフィストのようにうそぶいていたけれど。

僕は25年ほど前に野田秀樹さんに手紙を書き是非オペラをいつかやりましょうと書いた(らしい...これも僕はその時見て感激した、遊眠社の「桜の木の下に」への絶賛のファンレターを書いたと記憶していた。)。彼は騒ぐテンコ盛りな、人が飽きることを極端に恐れる人で、まるでシエラザードのように無尽蔵な引き出しを開けたり閉めたりしてお客様(王様)に殺されない不死身の作家で、36歳で死ななかったモーツアルトのような人だと感じている。演出家だけれど劇作家と言った方が本質か。作曲家が指揮するのと同じ意味ですけれど。

僕は1982年から続けていた道義演出指揮でのコンサートオペラ、などの多くの劇場作品を毎年のようにやり続けていたが、(コシファントッテ、ヴェリスモオペラ幾つか、カルミナブラ-ナ、月に憑かれたピエロ、バーンスタインのミサ、フィガロの結婚抜粋版、死の都、ナクソス島のアリアドネ、ラボエーム、イリス、青髭公の城、ピーターと狼、バレエの演出もやった「本日休演」と言う題で)自分で、できることはすべてやったと感じていたため、フィガロという名曲中の名曲、西欧文化のド真ん中を本当にやるならば、ここで絶対に素晴らしい演出家とやらねばいけないと深く感じていた。(ドンジョバンニは若いころ佐藤信さんとやっている)

そこで僕は、野田さんを射落とすことに奔走した。彼は忙しい人だし、自作を書き自作を演出し演じる人だから首を縦に振らせるのは、本当に大変なことであった。(勿論新国立劇場でのマクベスの演出は見ている)
だから口説き出したのは今から2年半以上前だ。始めはセヴィラの理髪師?も心にあった。
彼の周りは野田に余計なことをやって傷をつけさせたくない!時間を取られて劇作のサイクルを壊されたくない等々良い顔はしなかったし・・・。でもその頃は僕も元気で野田さん達を口説きまくった。(今だったら喉が腫れて長く話せないから無理だったと思う)

僕は❸の経験の延長で2008年からアンサンブル金沢でもオペラを始めようとしたが、金沢市の歌劇座や音楽堂の体制はまだオペラに対して深い理解はなく、本格的な歌手を呼んで、お金をかけて、時間をかけてやらねば出来ない本当のオペラ上演と、アイディアと切り口で目先を変えて手軽に?やることの大きな違いに理解が浅かったから、まず本当のオペラ上演のために必要な大きな資金は➊の林先生が持ってくるぞと説得するも・・・なかなか信じてくれない。
演出は❷こういう理由で野田秀樹だ・・・そうですかでもそれ誰?から説明が始まったのだ。
その上僕は、
野田さんならば全国展開をするべきで最低20カ所はやろうと風呂敷を広げたから、最終的にこの冒険的企画に乗ってくれた東京芸術劇場、中村ヨシキ氏と、OEK 創立以来の走り男=山田正幸氏が中心になっての文化庁への本格説得も「協力活動を広げてくださいと言っていましたが、まさかそんなに広げるなんて!」とうれしい悲鳴?が返ってくる始末で、あったが、これからこの横の≪フィガロネットワーク≫は必ず日本にある沢山のオーケストラと劇場をつなぐ土蜘蛛の卵になったと思う。

キャストの選び方こそ、何とも本当に大変だった。
全員オーディション!野田秀樹が要求するだけの演技が出来て、イタリア語がペラペラで、日本語の発音がこなせて、積極的に野田さんにさえアイディアを互角に出し合える人が必要だから。
多くの演劇人(オペラがどんなに大変か知らない・・・ああこの絶望的な日本の両舞台人達の分断と無理解!)が受けてくれたが、本当に皆さん歌えない。ミュージカルで第一線の人でさえもフィガロには歯が立たない。
外人組は一流を!
しかし春と秋に長い練習期間(1流はフィガロはレパートリーと心得るから、初めてやる演出家と、わけのわからない組織(新国立劇場などでなくと言う意味)に都合4か月間も割く人はなかなかいない・・・・。こっちはこっちでプライド?が有り、あっちはあっちでプライドが有るわけだ。
伯爵夫人役は僕が有明癌研でもう何も考えられない頃なのに「この人で決めてくれないと困る!とのプロモーターからの圧力もあった・・・しかし首を縦に振らないだけの最後のエネルギーはミチヨシに有ったようだ。結局2転3転、その後ケルビーノは絶対男でという事とスザンナも絶対日本人ではなければならぬという事で、初役のマルテン君と小林沙羅さんを決めた。これは相手を信じ選んだ自分を信じたが怖かった。それと始めスザンナ役として決めていたゲオルギューさんに伯爵夫人を歌ってもらう事への変更はさらに怖かった...しかしこれも有明病院で声も出ない物も食えない2週間ずっと眠れない、水も飲めない頃の決定でっせ!・・・さらに言えば大阪で2回公演をするという暴挙も林先生が断りに来たとき僕が声が出ないので無言の言葉に打ち負かされたのだと先生に後で聞いた。実は僕はただ声が出なかっただけなんだけれど。   沢山の細心の注意で決めたキャストと無茶と偶然で決まったキャスト!ああ人生の縮図!

イタリア語だけでは野田さんの本領は当然発揮できない(それは井上だってそうだ)のだから、日本語を使って台本を書き直すぐらいの勢いでやってもらいたい...しかしそれだけではローカルな「翻訳もの」になる恐れが強すぎる...ならばチャンポンにしようというのは僕のアイディア。でもレスタティーボと一部の役回りだけの事で、設定は鹿鳴館時代の病院にしてはというアイディアだった。
野田さんはもっと必然的な黒船来航(もちろんあれはイタリアではなく米国であったとしても、日本にとっての西欧文化の激しい津波のような影響をもたらした)時代に置き換える事をひねり出し、そうなってからは、野田さんは滝を遡上する鮭のようにフィガロの世界を泳ぎだした。素晴らしいアイディアだ。
日本人が外国語でオペラを外国の衣装とカツラをつけてやる違和感は、平常な感覚を持つ人には付き纏う偽物感だし、支配階級への革命(フィガロの隠れた主題)は日本では起こらず、欧米植民地主義や欧米文化への反抗(=革命)としての明治維新でもあったのだから。
僕は実はその頃放射線の影響で10キロ痩せ、フラフラ、声も出ない時期。しかし彼の多摩美のワークショップに行くと、学生さんや演劇アンサンブルや大山くん、小林さん、そして演出助手、田尾下、佐藤美晴達を泳がせ、蟒蛇のように若い血を吸い、一つの世界を作っていく、にこやかなしかし真剣な、野田が、アイディアの潮干狩りの毎日を重ねていた。
僕は、あっけにとられることこそなかったが、まさか演出方法がこういうものに変化しているのが最近の演劇世界だ、とはつゆ知らなかったから、呆れるやら、面白がるやら。まるで成城学園小学校の時に楠組でやっていた創作劇の作り方の高級知性付き大人版を見る思いだったから。舞台に一つの世界が作られていくときの一体感に、ああなんて平和な世界なんだろう、と強く感じたのだった。

そのあと何より大変だったのが実際の楽譜変更作業。OEKの4つあるコピー機の一つは壊れるほど毎週毎週の変更に次ぐ変更。10カ所のそれぞれのご当地コーラスは歌う量こそ多くないものの始めの頃はあまりに歌いにくい訳詞に文句タラタラ。音楽スタッフの中心で、高い語学能力と海外のオペラプロダクション経験に裏打ちされた指揮者としても忙しい佐藤正浩は、病気の後、音楽に興味を失った井上道義ジジイのフニャフニャな背中を押しながら、演出助手とのせめぎ合いに鉛筆と身を削っていたのであった。

アンサンブル金沢との練習、2500席のフェスティバルホールでの林先生主催の2回のフィガロを売ることは大変な現実問題であったし、東京では瞬く間に売れた2回公演の前に追加公演をやるという冒険にも手を出したのも僕だ。あの日は客席はまるでロンドンの観客のようで(東京追加公演の際のお客さんは)「そんなに評判なら見てやろう・・・おいおい、序曲から動くとか、庭師が話すとか、そんなことやるなよ...まともが一番だろうに・・・・まあ、まともって何かって聞かれたら困るけれど、俺はまともだ。待てよ待てよ~~~これ話が意外と分かりやすいし、音楽を壊して無い演出であることは確かだな、こんなに身にツマサレル、フィガロ...演劇の街だったプラハで大成功という事も、さにあらんだな...なんか楽しいな、あれもうおしまいかよ短く感じたな?何で鉄砲で驚かすんだ...まあ女は赦す振りはするけれど蒸し返すことは確かだし...ああ怖いな・・・イエイエ男もかな、ハイ・・・・・でもフィガロが短く感じたのは初めてだ!!!!!!!元気で帰れる!
と皆が思っていたように...フフフ僕は勝手に想像していたのだが。


と言うわけで長くなったが今は山形のホテル。今から山形響と練習。小さなホールでフィガロだ。意外とこれがきっと正しい?野田!
追記(28日書き入れ)
正しかった。歌も楽、照明は苦しんでいるけどね。
山響と芋煮(おいしいけれど)ばかりではない山形を経験中。歌手も舞台もお休み。山響と糞ジジイの短い逢瀬の今日今からオケだけの練習、今から。




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Schedule

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第2章は井上道義の特別インタビュー「僕が指揮者になって、今も続けている理由」

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