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2014年8月

道義より近況報告 *9月5日更新

ひと月が経った。今年の夏は暑い日もあったがなんだか短い。僕は運良く、なんだか予想されていたように今年の春に内装を改造した伊豆の別荘で、ウタウタと過ごしてきた。泳ぎたいが・・・その気になれない、胃瘻がついてお腹に穴にプラスチックの栓付きだし10キロ痩せたのは全然戻らない!でも昨日癌研の検査でMRIをやり(痩せたからただベッドで検査のため寝ているのもお尻が痛い!)完全に治っている喜べという結果だった。
皆様の暖かい応援?ラブコール?のおかげです。来週胃瘻も取り外し、あと1ヶ月でどの位見るに耐える井上道義になっているか・・・・怪しいもんだが、たくさん食べないと・・・でも味が全然全てなんとなくわからないから食べたいという欲望がない。音楽もそうだ俺、これからどうして生きていけと神は告げているのだろう?新しい世界に生きて行きたいのだが。

2014・9/5

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やっと、4月4日以降の下り坂が平地になり、今8月に入って、上り坂へという機運を自分で感じられるようになってきた。咳は出ない、蟹みたいに口の中はあぶくだらけだが、食べ始めている。体力も体重も低いがあと2ヶ月リハビリでなんとかする。

中咽頭癌の放射線治療・・・医者が「実は10中89負け戦なのだ」と先日囁いたのを聞き「えっ!」と感じたが、酒もタバコもやらなかった僕の運の良さだと知った。あと何年健康で生きるか解らないが、人の役に立つことができる喜びは何にも代え難い。看病で疲れ果てた珠世は母親もなくし、愛犬まで重い病気だ。ひどい話、妹も妹の存在を再認識をした。

しかし人間結局は、自我が何のために生きるかを突きつけらた時に、価値が決まるのだろう。元気になって声もまともに出るようになったらゆっくり話しましょう。

2014・8/5

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祝?退院!でも今が一番惨め。
まず話せない(声がでるまでに最低あと2週間)。口内炎と喉が放射線で焼かれているので腫れて飲めない・・・もちろん食べられない(水を少し飲むのも大変)
胃瘻で生き延びているから好きなところに動き回ることはできない。

後は少しづつすべての機能が再生していくのを待つのみだ。
だからお見舞いとかは嬉しくないのだ・・・。

2014・7/18

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その前

今まで何度か入院をしたが今回ほど、長く、苦しく、重層的に問題が僕の体と精神を覆い尽くしたことはなかった。しかしもう数日でいわゆる「治療」は終わる。毎回病院の地下で上半身を動かすことが出来ないように作られた患者一人一人別な網の仮面で固定され、ターゲットを定めた放射線の照射は一日数分。それが週5回。土日は、身体自体が放射線に負けず蘇るために、しかし再生能力のない癌細胞は死滅するのを待つために、使われる。まるで人々の活動の周期に合わせたように。その術中は咳は禁物!それが僕の場合は毎回大変難しかった。

口の中が照射で焼けて口内炎に当然なるので院内の歯科はそれらをケアーする。なぜか女性ばかりの医師は薄いピンクとブルーの薄いカバーを施術服の上に纏い、口内でのう動きは優しく普通の街の歯医者さんがみな真似をして欲しいほど、細心の注意を持ったタッチ。そりゃそうだろう来るお客さん?が皆ほとんど重篤な病を抱えている人たちで、口もロクに開かない、痛みも抱えている人たちだから。
歯医者は昔からなぜ耳鼻咽喉科と隣り合わせで治療をしないのだろうかと強い疑問に感じてきたし、歯科は健康保険が効かない部分も多かったりする。明らかに体に毒な「銀歯」には保険が効き、なぜか値段が高いセラミックの歯は保険が効かないのなんて犯罪的とも感じている。

今僕は多分一番惨めな時期だ。体重は落ち、首は亀のように中身がなくなっている。誰にも会いたくない。

これからどうやって元の自分?を取り戻し、どんな人生を新たに構築したいのかもう一度考えなおし、神が与えた?試練をどのように捉えるか・・・・。
人々は優しく振舞うかもしれない。でも芸術はそんなものではないことを知っている。
頂いた励ましの言葉に「人生の中の一休み」とか「ゆっくりとなさって」があったが少なくともここまでは全くそんなものではなかった。何かを考えることさえできない真に苦しい毎日だった。何故なんですか?ああでももっとひどい症状の人たちがいるんだ。なぜなんですか・・・。

2014・7/7

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その前の前。

下に書いた咳の正体が百日咳だったと13日に判明、俺は怒り狂ったね。「ここは病院なのに、患者が咳で苦しいと言っているのに、夜は1週間以上眠れなかったのに、なぜ3週間目になってそんな街のクリニックだったら一番に疑う、いま成人に流行っているという百日咳!を疑わないのかと!抗議してもいつもの「暖簾になんとやら」の感触。係りの看護婦も咳が始まった。
そこで僕の小学校同級生で今は国立感染症研究所感染症情報センター長で時々テレビにも顔を出す友達、岡部信彦君に聞いてみたろ・・・「感染症を(専門に)やっている医者ならすぐに考えるが、そうでない場合疑いのpriolityは低い方にある」そうな。これが現実と判明、怒りは収まった。しかし・・・
世の中、専門以外はただの馬鹿、みたいな人間が多い時代だと痛感した次第。
音楽や演劇、絵画や映画でも皆そういうふうでお互いのあいだにあるのはスマホとかいう小窓だけか。
想像力の欠如!!好奇心もなく、広い事象に興味を持たない人間は危ない。ちょっと意見を聞いてみることができる専門外の友達も少ないのか、こういう場合は悪徳と言える「遠慮」という日本の美徳のなせる結果か?
俺も「大きな大変専門的で優秀な癌病院」に入院したことで大船に乗ったような気持ちを多少持ったが大間違いだった。韓国の沈没船の中にいた高校生と同じだったようだ。
こういう意識のあり方なのだろうか、アメリカでは皆自衛のためにピストルを持つのは?これは論理に無理な飛躍があるな・・・長く閉塞された状況の結果か。
やっと折り返し地点の日になった。

食べ物は喉から入れることが大変難しくなっている、しかしこの4年胃瘻というのが広まり結果がいいようだがそれまでは半数近くが挫折して、思う通りの放射線が当てられなかったという話を聞いた。そりゃそうだ、予想した状態の5倍ぐらいひどい苦しさの感触。皆タバコはやめろ!俺はタバコが元ではないが・・・・・。2014.6/16

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これが一番はじめの病室よりです。

今は癌研有明の病室から梅雨に入って霞んでいるゲイトブリッジや、着陸する飛行機を見ながら書いています。元気ならば、ミツオカ卑弥呼のオープンカーで走り去るようなところで、ユリカモメなどが目の前を走っています。

癌を発見してからすぐに入院というわけにいかったのは、医者も音楽家と同じで得意不得意があり、僕のタイプの咽頭がんに良い技術と経験、また自宅からのアクセスなどを考えてこの病院に決め、5月26日にようやく入院治療が始まりました。それまでは「通院」で色々やっていました。また、愛情に満ちた友人たちの紹介あればまずは名医に直接お会いして、その病院の人々を感触を肌で感じて見たり、それぞれの専門の話を聞いてみり・・・・贅沢に、後悔することが無いよう石橋を叩いていた時期もありました。僕は聴きに行った音楽会であんまりな場合はそっと抜け出すことが多いのですが、自分の命を預けた病院を抜け出すようなことはしたくないから。

ここに来て「僕なんていい方なんだ」と思える患者さんが多いことに愕然とします。癌研はみんながガンですから可哀想。みんな下を向いている感じ。
というわけで幸い併発症のない僕には、がん専門病院として多くの経験を積み重ねているここでやっていただこうと腹を決めたのでした。

今約4分の1あたりの進捗状況です。放射線の影響はそろそろ出てきていて顔の下部は赤くなり、舌はザラザラで蕎麦を食べてもセメントでできた蕎麦に塩味の薄いコーヒーの汁みたいです。俺はもともと味なんかわからないで、感触を楽しんでいたとか言いながら・・・。

基本の経過は良くて順調ですが、思わぬに伏兵に苦しんでいます。

 とんでもない咳の攻撃と持病の尿路結石
入院以前から多分腫れてきた喉の奥からの誤嚥を止めようとする気管支の反射運動だろうが、夜も昼も5分おきに体が捻れそうな咳の連続。
眠れないから気が変になる(もともとだけど)体力が落ちる(腹筋が強くなったかも)。
これを止めてくれたらもう一つ癌研作るからと病院にいくら言っても実行しない。
咳を無理に止めると、誤嚥誤飲が生じる危険があるのだという。
「ふざけるな俺は眠れないんだ、何とかしろ」といっても暖簾になんとやら。

ちょうどその頃、妻の珠世の母親黒田文子さんが91歳で突然大往生、珠世は世界的大指揮者道義をガダルカナルの戦地に打ち捨て故郷西ノ宮へひとっとび。単身?、夜も昼も続く咳と発熱をいう拷問3夜。なんとその上、ベッドに寝たままになると必ずぶり返す尿路結石が今回もご親切に右腰辺りに鈍痛をもたらし・・・・・2日かけて次第にクレッシェンドして・・・疼痛!、そこでボルタレン痛み止め薬によって劇的に解消、同時に眠ることもできた。

この病院には珍しく漢方の科がある。その先生のかなり見方の違う姿勢というのは、オーケストラに必ずいる異端児と同じで邪魔とは言い切れない存在だ。
その先生の意見と僕のかかっている頭頚科の僕の「咳」というものへの見方の違いに、井上自身が責任をもって舵を切った部分があった。結果が長い目で見てどうかはまだわからないが、少なくとも今、咳は収まりつつあり、眠りも少しは取れる方向だ。

2014・6/7