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2007年10月

<井上道義的ショスタコーヴィチ世界>1

<音楽はアートだ! 真実をえぐる響き 井上道義的ショスタコーヴィチ世界>1

(1)アヴァンギャルドの時代 交響曲第1番~第3番

【交響曲第1番ヘ短調作品10】
[ショスタコーヴィチの全ての爆発を確認する]
〈作曲〉1924~25年

〈初演〉1926年5月12日、ニコライ・マルコ指揮、レニングラード交響楽団

〈楽章構成、演奏時間〉4楽章、約35分
第1楽章アレグレット-アレグロ・ノン・トロッポ
第2楽章スケルツォ アレグロ
第3楽章レント-アレグロ-第4楽章レント-アレグロ・モルト

〈編成〉木管楽器9、金管楽器11、打楽器8、弦5部

〈日本初演〉1931年10月25日、
山田耕筰指揮、新交響楽団(現・NHK交響楽団)第96回定期演奏会

〔作品について〕
 レニングラード音楽院(現・サンクトペテルブルク音楽院)卒業制作として作曲。
4つの楽章による古典的な形式を墨守しながら、斬新な響きを盛り込んだアヴァン
ギャルドな音感覚に貫かれている。師のグラズノフの計らいによる公式デビューは大
成功。「ソヴィエト国家が育てた天才」とたたえられ、ワルター、ストコフスキーら
によって西欧、アメリカですぐさま初演された。

≪井上道義の目≫
 19歳の、すでにそれまで4年間家族の経済を支えてきたしっかりした少年の模範
的卒業作品。しかし、ここそこに彼の才能の爆発、以後の彼自身の心の支えになる独
自の響き、形、性格が隠れている。彼は天才だが遅咲きのほう、ピアノを始めたのは
9歳なのだ。あなたの息子も、今からでも遅くないかも。

〔ショスタコーヴィッチの周辺〕
 1906年に生まれたドミトリー・ショスタコーヴィチは、ピアニストの母の指導
を受け、幼少期から驚異的な才能を発揮。22年に父を亡くすと、結核を患いながら
も映画館のピアニストとして家計を助け、23年にはピアノ科を卒業。困窮する姿に
グラズノフが手を差し伸べ、作曲科に進むことができた。

〔同時代の音楽〕
1924年
團伊玖磨、レオニード・コーガン生まれる
プッチーニ、ブゾーニ、フォーレ没
シベリウス:交響曲第1番、ガーシュウィン:「ラプソディ・イン・ブルー」、
レスピーギ:「ローマの松」、オネゲル:「パシフィック231」初演

1925年
ピエール・ブーレーズ、ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ生まれる
サティ没
ベルク:歌劇「ヴォツェック」、山田耕筰:「からたちの花」初演

1926年
新交響楽団(現・NHK交響楽団)創立
カール・リヒター生
プッチーニ:歌劇「トゥーランドット」、コダーイ:「ハーリ・ヤーノシュ」、ヤ
ナーチェク:「シンフォニエッタ」初演

〔その時、世界は〕
1924年
レーニン没。世界最先端の思潮であったマルクス・レーニン主義に基づく世界革命論
が次第に後退し、一国社会社会主義路線へと転換。芸術革新を推進する力も
退潮に向かい、第4交響曲に対する批判へとつながっていく。
ジョージ・ブッシュ生まれる

1925年
日本、ソ連を承認
イタリアでムソリーニ独裁政権
チャップリン「黄金狂時代」、エイゼンシュテイン「戦艦ポチョムキン」

1926年
昭和元年
モネ没

―――
【交響曲第2番 ロ短調 作品14 「十月革命に捧ぐ」】
[集団の中で住む場所を探す]
〈作曲〉1927年

〈初演〉1927年11月5日、ニコライ・マリコ指揮、レニングラード・フィル
ハーモニー管弦楽団、アカデミア・カペラ合唱団

〈楽章構成、演奏時間〉単一楽章、約17分

〈編成〉木管楽器10、金管楽器11、打楽器8、混成4部合唱、弦5部

〈日本初演〉不詳

〔作品について〕
 国立出版所音楽部門からの依頼を受け、十月革命10周年記念式典のために作曲。
尖鋭的なモダニズムを駆使し、ロマノフ王朝による民衆の弾圧、闘争を表現。27声
部による対位法をなど、多彩な音楽言語を盛り込んでいる。中間部にサイレンが鳴り
響き、冒頭からの混沌は破られ、レーニンをたたえるシュプレヒコールは、シニカル
な響きさえ含んだ勝利の凱歌となって全編を結ぶ。

≪井上道義の目≫
 曲の後半サイレンが鳴るまでは、まるでフォービズム、ある時代のピカソのよう。
午後の授業のベルを聞くまでに遊ぶ奔放な少年の心の中を見るようだ。人は、集団に
入ればその中で自分の住む場所を見つけねばならない、どちらも人間の存在の表裏を
形づくる世界だ。強制とか自由とかの問題ではない。

〔ショスタコーヴィッチの周辺〕
 交響曲第1番で圧倒的な成功を収めながら、ピアニストとしても顕著な才覚をしめ
したショスタコーヴィチは1927年、第1回ショパンコンクールに参加。盲腸炎の
ため本領を発揮することなく特別賞のみを受賞。優勝はレフ・オボーリンだった。

〔同時代の音楽〕
1927年
ムスティスラフ・ロストロポーヴィチ、ガリー・ベルティーニ、ヘルベルト・ブロム
シュテット、クルト・マズア、ミヒャエル・ギーレン、コリン・デイヴィス、ナルシ
ソ・イエペス、アルフレード・クラウス生
バルトーク:ピアノ協奏曲第1番、ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第4番初演

〔その時、世界は〕
1927年
ソビエト共産党がトロツキーらを除名
リンドバーグ、ニューヨーク―パリ単独無着陸飛行
芥川龍之介没


―――
【交響曲第3番 変ホ長調 作品20 「メーデー」】
[ハプニングアートの時代を30年先取り]
〈作曲〉1929年

〈初演〉1930年1月21日、アレクサンドル・ガウク指揮、レニングラード・
フィルハーモニー交響楽団、アカデミア・カペラ合唱団

〈楽章構成、演奏時間〉単一楽章、約26分

〈編成〉木管楽器9、金管楽器10、打楽器6、混成4部合唱、弦5部

〈日本初演〉不詳

〔作品について〕
 交響曲第2番と同様に合唱付き、単一楽章による作品。「メーデー」の表題に呼応
するかのように前作に比較して前衛性は後退し、労働歌のような平明さを持つ。第2
番と同じく4部に分かれ、アレグレット-アレグロ/アンダンテ/アレグロ-ラルゴ
/モデラートの古典的なスタイルを下敷とする。

≪井上道義の目≫
 音の抽象画を狙ったと思える形式のはっきりしない作曲法、見方によってはオノ・
ヨーコなどのハプニングアートの時代を30年先取りか。言語が音楽に突然社会的実
用品として割り込み、「レーニン」と叫ぶ。聴くほうも演奏するほうもプライバシー
侵害を感じるような違和感。今で言えばテレビコマーシャルの割り込みといえそうな
終結部。

〔ショスタコーヴィッチの周辺〕
 1929年、スターリンがトロツキーを国外追放し、スターリンの独裁体制が確
立。交響曲第2番と並行して作曲した歌劇「鼻」は、官僚体制への痛烈な批判を盛り
込んで、ロシア・プロレタリア音楽協会から酷評を受けた。ソヴィエト国家期待の新
進作曲家は早くも当局を摩擦を生じるが、30年初演のバレエ「黄金時代」はプロレ
タリア音楽として熱烈な支持を受けた。

〔同時代の音楽〕
1929年
立川清登、黛敏郎、ヨゼフ・スーク、クリストフ・フォン・ドホナーニ、ニコライ・
ギャウロフ、ニコラウス・アーノンクール生まれる
バルトーク:弦楽四重奏曲第4番、狂詩曲第1番、レハール:オペレッタ「ほほえみ
の国」初演

1930年
ラザール・ベルマン、ロリン・マゼール、カルロス・クライバー、武満徹生
レオポルト・アウアー、ジークフリート・ワーグナー没
エルガー:「威風堂々」第5番。コダーイ:「マロシュセーク舞曲」、ヴァイル:歌
劇「マハゴニー市の興亡」、ストラヴィンスキー:「詩篇交響曲」初演

〔その時、世界は〕
1929年
スターリン独裁
フーゴー・フォン・ホフマンスタール、ディアギレフ没
トーマス・マン、ノーベル文学賞受賞

1930年
第1回FIFAワールドカップ
ジャン=リュック・ゴダール生まれる
金子みすゞ没

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産経新聞「モーストリー・クラシック」編集部 谷口康雄

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<井上道義的ショスタコーヴィチ世界> 2

<音楽はアートだ! 真実をえぐる響き 井上道義的ショスタコーヴィチ世界> 2

(2)批判との闘い 交響曲第4番~第6番


【交響曲第4番 ハ短調 作品43】
[正真正銘大傑作!]
〈作曲〉1935~36年

〈初演〉1961年1月30日、
キリル・コンドラシン指揮、モスクワ・フィルハーモニー管弦楽団

〈楽章構成、演奏時間〉3楽章、約60分
第1楽章アレグレット・ポコ・モデラート-プレスト
第2楽章モデラート・コン・モート
第3楽章ラルゴ-アレグロ

〈編成〉木管楽器20、金管楽器16、打楽器13、ハープ2、弦5部

〈日本初演〉不詳

〔作品について〕
 前衛的手法に積極的に取り組んでいたショスタコーヴィチが声楽を伴わない交響曲
として作曲し、自らの芸術的方向性を進展、結実させた意欲作。コンチェルトグロッ
ソ的要素を持つ第1番、単一楽章で終結部の合唱のテキストには政治的要素の濃い第
2番や第3番から離れた純然たる交響曲として位置づけられ、マーラーの引用などシ
ンフォニストとしての矜持を示す興味深い特徴も備えている。

≪井上道義の目≫
 正真正銘大傑作。これを書いた後ショスタコーヴィチが粛清されても彼は永遠に名
を残しただろう。しかし上手く生きてくれてよかった。
 ここに彼の全てがあり、誰もなしえなかった交響曲の巨大な20世紀のモニュメン
トだ。男の音世界はこれだ。誰だ! クラシックは、女子供のすることだと言った
り、私はクラシック音楽がわかりませんとか言う腰抜けは?

〔ショスタコーヴィッチの周辺〕
 32年にニーナ・ヴァルザルと結婚し、歌劇「ムツェンスクのマクベス夫人」を3
4年に初演すると大成功、35年には長女が生まれるなど、順調な歩みを見せていた
が、レーニンの死後に尖鋭的な革命思想が後退し、仲間でもあった作曲家同盟や当局
の指弾を受け、好評を得たはずの「マクベス夫人」もプラウダ紙から容赦ない批判に
さらされていた。前衛的手法で書かれた第4番は、数回のリハーサルを行ったのち、
作曲家自身の手で楽譜が回収され、発表が中止された。その真相はいまだに謎だが、
スターリン死後の“雪解け”を迎えて、61年にようやく初演が果たされた問題作と
なった。

〔同時代の音楽〕
1935年
R.シュトラウス:歌劇「無口な女」、ガーシュイン:歌劇「ポーギーとベス」、
ベルク:ヴァイオリン協奏曲、オネゲル:劇的オラトリオ「火刑台上のジャンヌ・ダルク」
ミレッラ・フレーニ、小澤征爾、アルヴォ・ペルト、ルチアーノ・パヴァロッティ生
デュカス、ベルク没
伊福部昭、松平頼則にチェレプニン賞

1936年
プロコフィエフ:「ピーターと狼」、バルトーク:「弦楽器、打楽器、チェレスタのための音楽」、
オルフ:「カルミナ・ブラーナ」初演
エリアフ・インバル、テレサ・ベルガンサ、スティーヴ・ライヒ生
グラズノフ、レスピーギ没

〔その時、世界は〕
1935年
ナチス・ドイツ再軍備

1936年
2.26事件
スペイン内乱
スターリン大粛清開始、スターリン憲法制定

---
【交響曲第5番 ニ短調 作品47】
[抽象画家の描いた肖像画]
〈作曲〉1937年

〈初演〉1937年11月21日、
エフゲニー・ムラヴィンスキー指揮、レニング
ラード・フィルハーモニー交響楽団

〈楽章構成、演奏時間〉4楽章、約45分
第1楽章モデラート-アレグロ・ノン・トロッポ
第2楽章アレグレット
第3楽章ラルゴ
第4楽章アレグロ・ノン・トロッポ

〈編成〉木管楽器11、金管楽器11、打楽器8、ハープ2、チェレスタ、ピアノ、
弦5部

〈日本初演〉1949年2月14日、
山田耕筰指揮、日本交響楽団第304回定期演奏会(日比谷公会堂)

〔作品について〕
 バレエ音楽「清らかな小川」などが簡潔、明快、真実性を掲げる「社会主義リアリ
ズム」に反するとの徹底的な批判を受けてから初めて公にし、大好評を博した交響
曲。前衛的手法から古典的なフォルム、手法を墨守。革命20周年記念演奏会で初演
されたため、日本では「革命」と呼ばれてしまっている。トルストイの「人間性の回
復」をモットーとした構成は、ベートーヴェンの「運命」と同様の苦悩から歓喜にい
たる道程を示しているが、社会主義礼賛は表層的なものにとどまり、その真意はさま
ざまに解釈される。

≪井上道義の目≫
 私事ですが長年、振りたくなかった作品です。10代のころ日比谷公会堂でひどい
演奏を聴いてしまったからか、或いはほとんどの指揮者が、終楽章で乱痴気騒ぎをす
るばかりだったからかもしれない。でもあるとき楽譜を真面目に見てから考えが変
わった。誰にでも判りやすい形式で、繰り返しの多い古典的方法で、自分の音楽を型
にはめてみたのだ。すでに売れている抽象画家なのに街角で町の人々の肖像画を書い
たようなもの。そしたら黒山の人だかりになったのだった。

〔ショスタコーヴィッチの周辺〕
 作曲年の37年には母校のレニングラード音楽院作曲科で教鞭を執っていたが、そ
れと同時にショスタコーヴィチの擁護者であったミハイル・トゥハチェフスキー元帥
がスターリンによる大粛清の一貫で銃殺されている。赤いナポレオンと呼ばれた名将
の死の報は、少なからずショスタコーヴィチの精神を揺るがし、作曲は芸術家として
の良心をかけた命がけの闘争の様相を帯びていく。

〔同時代の音楽〕
1937年
ミヨー:「スカラムーシュ」、ベルク:歌劇「ルル」初演
フィリップ・グラス、ウラディーミル・アシュケナージ生
シマノフスキ、ガーシュイン、ピエルネ、ルーセル、貴志康一、ラヴェル没


〔その時、世界は〕
1937年
ピカソ「ゲルニカ」
盧溝橋事件

---
【交響曲第6番 ロ短調 作品54】
[ショスタコーヴィチの「田園交響曲」]
〈作曲〉1939年

〈初演〉初演:1939年11月5日、
エフゲニー・ムラヴィンスキー指揮、レニングラード・フィルハーモニー交響楽団

〈楽章構成、演奏時間〉3楽章、約32分
第1楽章ラルゴ
第2楽章アレグロ
第3楽章プレスト

〈編成〉木管楽器13、金管楽器11、打楽器8、チェレスタ、ハープ、弦5部

〈日本初演〉1967年12月3日、
キリル・コンドラシン指揮、モスクワ・フィルハーモニー管弦楽団

〔作品について〕
 演奏時間の半分ほどを占める第1楽章は悲劇的な開始を示しながら、次第に瞑想的
で叙情的な世界を示し、通常の第1楽章が省略されたかのような概観を示す。自由な
スケルツォ風の第2楽章、奔放なまでの熱狂を示してクライマックスを迎える第3楽
章は、ナチス・ドイツのポーランド侵攻とソ連領への不可侵に対するソ連国家の危機
意識と安堵感へのシニカルな指弾と解釈する解説が多い。その頃、ショスタコーヴィ
チは母親から離れて暮らすなど、精神的に安定していたとされる。

≪井上道義の目≫
 「大袈裟」が嫌いな人はまずショスタコは6番から聴けば良い。ベートーベンの田
園とは違うが、平和な曲だ。日比谷で聴いて公園散歩…ソヴィエト時代のロシアに生
まれなくて良かったとか思って…ふふふ、幸福ですか?

〔ショスタコーヴィッチの周辺〕
 「民衆の敵」とまで糾弾されたショスタコーヴィチは、交響曲第5番の初演が大成
功となり、”名誉回復”。ムソルグスキー生誕100周年記念祭の準備委員会委員長
となったほか、レニングラード音楽院では教授の地位を得る。第2次世界大戦が起こ
り、ソ連当局は国内の政治犯取り締まりよりも戦時体制の整備に腐心し、文化的には
ゆるやかな局面を迎え、名作のピアノ五重奏曲を40年に完成させている。

〔同時代の音楽〕
1939年
ハインツ・ホリガー生

〔その時、世界は〕
1939年
第2次世界大戦勃発

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産経新聞「モーストリー・クラシック」編集部 谷口康雄

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<井上道義的ショスタコーヴィチ世界> 3

<音楽はアートだ! 真実をえぐる響き 井上道義的ショスタコーヴィチ世界> 3

(3)戦争の時代 交響曲第7番~第9番


【交響曲第7番 ハ長調 作品60 「レニングラード」】
[オフザケと狂気は全く逆を向いている]
〈作曲〉1941年

〈初演〉1942年3月5日、
サミュエル・サムスード指揮、モスクワ・ボリショイ劇場管弦楽団

〈楽章構成、演奏時間〉4楽章、約75分
第1楽章アレグレット-モデラート
第2楽章モデラート ポコ・アレグレット-第3楽章アダージョ-ラルゴ-第4楽章
アレグロ・ノン・トロッポ-モデラート

〈編成〉木管楽器13、金管楽器11、打楽器9、ハープ、ピアノ、弦5部、別動隊
(金管楽器10)

〈日本初演〉1950年5月27日、上田仁指揮、
東宝交響楽団(現・東京交響楽団)(日比谷公会堂)

〔作品について〕
 ナチス・ドイツのソ連侵攻開始と相前後して作曲が始められ、レニングラード包囲
戦の最中に完成。オーケストラの編成は非常に大きく、ショスタコーヴィチの交響曲
で最長の演奏時間を要す。当初は「戦争」「回想」「祖国の大地」「勝利」と各楽章
に副題がつけられ、表面上はファシズムとの闘争と華々しい勝利への確信を描いてい
るが、音楽に込められた真意には謎が多い。作曲者自身もナチスの侵略を想起させる
と、早くから副題を削除している。バルトークは第1楽章の「戦争の主題」を「管弦
楽のための協奏曲」第4楽章で引用し、ショスタコーヴィチに対する糾弾とナチス批
判をほのめかしている。

≪井上道義の目≫
 私がショスタコに真に「はまった」のはこの第1楽章を「フザケタボレロ…」と
思った20年前。一昨日の感じです。オフザケと狂気は全く逆を向いていることを
知った。父や母が戦争の話をしたがらないわけもわかり始めた頃だ。
 人間は弱く、知らないうちに少しずつ狂気=戦争というに蝕まれるのだろう。心せよ!!
 7番が初演された頃、レニングラードでは都市封鎖で毎日3000人が死に、飲む
水も十分になかった。日比谷公会堂では大本営発表を信じていた人々が、クラシック
コンサートに通い2日に1回は行われていた。アメリカ生まれの私の育ての父は英語
に堪能であるというだけで日本ではスパイ扱い。耐えられずフィリピンに移住、母も
(いわく、「あこがれの軍艦!」に守られ)船で彼の後を追った頃だ。数年後、日比
谷公会堂は米軍による空襲での遺体置き場となる。

〔ショスタコーヴィッチの周辺〕
 900日間、死者100万人に及んだといわれるレニングラード包囲戦に遭遇し、
自らも防空監視隊の一員となっていたショスタコーヴィチ。戦況の激化により政府か
ら勧告を受け、臨時政府の置かれたクイビシェフに疎開。初演は同地の文化宮殿で行われ、
ソヴィエト全土に中継放送されて大成功を収めた。楽譜は国家機密扱いとされ、
マイクロフィルムでテヘラン、カイロ経由で連合国側国家に運ばれる。42年6月29日に
ロイヤル・アルバート・ホールでロンドン初演。同7月19日にはアルトゥーロ・トスカニーニ指揮、
NBC交響楽団が米国初演。全世界にラジオ中継された模様はCDとして発売されている。

〔同時代の音楽〕
1941年
小倉朗:交響曲 イ短調
クレメンス・クラウス、ザルツブルク音楽祭音楽監督就任
プラシド・ドミンゴ、ユーリ・シモノフ生
パデレフスキー没

1942年
藤原歌劇団「ローエングリン」日本初演
マウリツィオ・ポリーニ生
ツェムリンスキー没

〔その時、世界は〕
1941年
スターリン、ソ連首相就任
ナチス・ドイツ、ソ連に侵攻
大東亜戦争勃発

1942年
ミッドウェー海戦

―――
【交響曲第8番 ハ短調 作品65】
[本当の芸術は材料なぞ何でも良い]
〈作曲〉1943年

〈初演〉1943年11月4日、
エフゲニー・ムラヴィンスキー指揮、レニングラード・フィルハーモニー交響楽団

〈楽章構成、演奏時間〉5楽章、約60分
第1楽章アダージョ
第2楽章アレグレット
第3楽章アレグロ・ノン・トロッポ
第4楽章ラルゴ
第5楽章アレグレット

〈編成〉木管楽器14、金管楽器11、打楽器8、弦5部

〈日本初演〉1948年3月9日、上田仁指揮、東宝交響楽団(日比谷公会堂)

〔作品について〕
 長期化の様相を呈していたレニングラード包囲戦のかたわら、ヴォルガ河西岸では
独ソがにらみ合い、第2次大戦のターニングポイントとなったスターリングラード
攻防戦(42年6月28日~43年2月2日)が展開された。史上最大の市街戦の
犠牲者ために作曲され、ショスタコーヴィチの交響曲の中で最も悲劇的な色に包まれている。
葬送行進曲の面持ちをもった第4楽章のパッサカリアの後、ハ長調ながら空疎な
感覚をもった第5楽章でフィナーレを迎える。途中で輝かしい勝利を告げるが、最後
は明るい和音ながら消え入るように結ばれ、戦後の社会への懐疑が象徴されている。

≪井上道義の目≫
 戦争交響曲とも言われる。本当の芸術は材料なぞ何でも良いのだ,材料そのものを
表現したって芸術とはいえないのだから。その逆も真なりだがね。どんな戦いの中にも
素晴らしい興奮と生きる現実の喜びが人に与えられているではないか。ふふふ。

〔ショスタコーヴィッチの周辺〕
 交響曲第7番でスターリン賞第1席、功労芸術家の称号を受け、43年3月には
モスクワ音楽院教授に就任。長期化するナチス・ドイツとの闘いに奔走する当局の監視
が緩んだのを捉え、第7番と同様の戦争を主題とした交響曲ながら、第8番は批判精神に
富んだ内容を盛り込んでいる。「反革命的、反ソヴィエト的」とまで指摘された姿勢は
後のジダーノフ批判へと繋がり、第2次大戦後の冷戦下では第8番は冷遇され、
80年代まで演奏や録音の機会には恵まれなかった。


〔同時代の音楽〕
1943年
オルフ:「賢い女」、伊福部昭:「交響譚詩」初演
ラフマニノフ没

〔その時、世界は〕
1943年
日比谷公園で山本五十六海軍大将国葬
イタリア、無条件降伏
カイロ宣言、テヘラン会議

―――
【交響曲第9番 変ホ長調 作品70】
[人民の期待?を軽くうっちゃる喜び]
〈作曲〉1945年

〈初演〉1945年11月3日、
エフゲニー・ムラヴィンスキー指揮、レニングラード・フィルハーモニー交響楽団

〈楽章構成、演奏時間〉5楽章、約25分
第1楽章アレグロ
第2楽章モデラート
第3楽章プレスト-第4楽章ラルゴ-第5楽章アレグレット

〈編成〉木管楽器9、金管楽器10、打楽器5、弦5部

〈日本初演〉1948年11月18日、上田仁指揮、東宝交響楽団(日比谷公会堂)

〔作品について〕
 第2次世界大戦戦勝を祝う交響曲として作曲。「賛歌つきの勝利の交響曲」とショス
タコーヴィチ自身が予告しながらも、合唱のない30分に満たない軽妙洒脱な作品と
して完成。形式主義を批判する当局そのものを形式主義と指弾すべく、古典形式を
踏襲したパロディーとした。ソナタ形式を墨守しながらアイロニーに富む第1楽章、
暗澹たる情趣を背後に忍ばせる第2楽章を経て、諧謔味に溢れるスケルツォ、悲劇的な
緩徐楽章、民謡主題を扱って破滅的な匂いを感じさせる熱狂のクライマックスへと
一気に突き進む。

≪井上道義の目≫
 楽しい、面白い、ユーモアがある、やさしい、でも崩れない品位があり、交響曲1番の
ようでもあり、まるでハイドンのシンフォニーのようで、演奏者も楽しめる。
サッカーの好きなショスタコ、意外と恋愛も多かったショスタコの、確信犯的な
おもちゃの兵隊のような凱旋フィナーレ、人民の期待?を軽くうっちゃる喜び=ショスタコの
真骨頂。ははは。

〔ショスタコーヴィッチの周辺〕
 ベートーヴェンの第九と同様の喜びを歌い上げる超大作への期待をはぐらかし、
ディヴェルティメント的な第9番は、当局への命がけの主張。それと同時に、30年代後半
から頭をもたげていたユダヤ音楽への関心は、この作品に顕著に表れ、第5楽章に
ユダヤ音楽の明らかな引用が認められる。それはマーラーへの特別な親近感や
ショスタコーヴィチ周辺のユダヤ人の仲間の存在を示している。


〔同時代の音楽〕
1945年
プロコフィエフ:交響曲第5番、ブリテン:「ピーター・グライムズ」初演
バルトーク、ヴェーベルン、マスカーニ没
ウィーン・フォルクスオパー再開

〔その時、世界は〕
1945年
第2次世界大戦終結
国際連合発足

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産経新聞「モーストリー・クラシック」編集部 谷口康雄

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【寄付のお願い】日露友好ショスタコーヴィチ全曲演奏プロジェクト2007

道義です。皆さんからいただいたアンケートの中から連絡先をお書になった方には返事を書きました。届きましたか?壊れた肩は治りました。諏訪内さんの旦那さんに感謝。

 

●お問合せ
「日露友好ショスタコーヴィチ交響曲全曲演奏プロジェクト2007」実行委員会事務局
(梶本音楽事務所内)
TEL: 03-3571-1906 FAX: 03-3574-0980 Eメール:

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主催:  「日露友好ショスタコーヴィチ交響曲全曲プロジェクト2007」実行委員会

特別支援企業:

支援企業:  野村アセットマネジメント株式会社/株式会社三菱東京UFJ銀行/
                DOWAホールディングス株式会社/住友商事株式会社/積水ハウス株式会社/
                三菱地所株式会社/郵船航空サービス株式会社/レンゴー株式会社/
                ヤマハ株式会社/三菱自動車工業株式会社/株式会社フジテレビジョン/
                株式会社キッツ/株式会社メタルワン/株式会社ポーラ

助成: 東京都芸術文化発信事業助成/朝日新聞文化財団/
         三菱UFJ信託芸術文化財団/国際交流基金
協力: 日本ショスタコーヴィチ協会
後援: 在日ロシア連邦大使館

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●「日露友好ショスタコーヴィチ交響曲全曲演奏プロジェクト2007」実行委員会

委員長: 黒柳徹子(女優、UNICEFF親善大使)
委員:
 マルタ・アルゲリッチ(ピアニスト) 今村有策(東京都参与、トーキョーワンダーサイト館長)
 エリザベス・ウィルソン(音楽学者) 江戸京子(アリオン音楽財団理事長)
 岡山尚幹(社団法人日本オーケストラ連盟顧問) オノ・ヨーコ(芸術家)
 梶本眞秀(梶本音楽事務所代表取締役社長) ソル・ガベッタ(チェリスト)
 亀山郁夫(東京外国語大学教授) パトリツィア・コパンチスカヤ(ヴァイオリニスト)
 小林和男(元NHKモスクワ支局長、作新学院大学教授) 篠田正浩(映画監督)
 ドミトリ・ソレルチンスキー(サンクトペテルブルクショスタコーヴィチ協会会長)
 高橋宏(首都大学東京理事長)※正しくは[はしごだか]
 ユーリ・テミルカーノフ(指揮者、サンクトペテルブルク・フィルハーモニー協会会長)
 南部靖之(パソナ取締役社長)
 ロザムンド・バートレット(ダーラム大学、ロシア文学者、ショスタコーヴィチ研究家)
 村上光一(フジテレビ相談室) 森田稔(宮城教育大学名誉教授)
 マナシール・ヤクーボク(モスクワショスタコーヴィチ協会会長) 吉松隆(作曲家)

2007年7月現在

Schedule 2007.oct

■サントリーホール21周年記念 ガラ・コンサート 「響」 (正装コンサート)
打ち鳴らせ、新しき時を讃えて。

2007/10/6(土) 18:00開演

東京: サントリーホール

サー・ジェームズ・ゴールウェイ、レディ・ジニー・ゴールウェイ(Fl)、カール・ライスター(Cl)
安倍圭子(Mrmb)、アリソン・バルソム(Trp)、マルティン・グルビンガー(Perc)
パーカッション・ミュージアム(Mrmb)、レ・フレール(ピアノ・デュオ)、純名りさ(スペシャルゲスト)
若村麻由美(司会)、他
日本フィルハーモニー協会合唱団、日本フィルハーモニー交響楽団

モーツァルト : フルート協奏曲第2番 ニ長調 K314(285d)から第3楽章
       : トルコ行進曲(ピアノ・ソナタ イ長調 K331(300i) から)
ハイドン : トランペット協奏曲 変ホ長調 Hob.VIIe:1
モーツァルト : クラリネット協奏曲 イ長調 K622 から第2楽章
レスピーギ : 交響詩『ローマの祭り』からフィナーレ
伊福部昭 : ラウダ・コンチェルタータ(ガラ・コンサートの為の)
外山雄三 : 管弦楽のためのラプソディ
エルガー : 行進曲『威風堂々』第1番 ニ長調 op.39-1、他

S22,000 A20,000 B17,000 C10,000

サントリーホール 03-3584-9999


純名りささんがマイク無しでピアノ伴奏で歌ったのに拍手。立派に鍛錬した声だった。アリソンの美しさはただ者でなかった。安倍さんのエネルギーも本当に素敵だった母親を思い出したといったら怒られるか?


■ザ・シンフォニーホール開館25周年記念 ガラ・コンサート<The Second Stage>

2007/10/14(日) 15:00開演

大阪: ザ・シンフォニーホール

大岩千穂[Sop], 佐野成宏[Ten], 千住真理子[Vn], ジェームズ・ゴールウェイ[Fl], 及川浩治[Pf]
司会/鮫島有美子
大阪フィル

ワーグナー : 楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」前奏曲

【千住真理子】 プッチーニ(千住明編):歌劇「トゥーランドット」より
               "誰も寝てはならぬ"
モンティ(千住明編) : チャールダーシュ
ヴェルディ(千住明編) : 歌劇「椿姫」より "花から花へ"

【大岩千穂・佐野成宏】 ヴェルディ : 歌劇「椿姫」より
       "その日から"(ソプラノ&テノール二重唱)
       "ああ、そはかの人か~花から花へ"(ソプラノ)
       "あの人のそばを離れて歓びはない
         ~わたしのたぎるこころの"(テノール)
       前奏曲
       "パリを離れて"(ソプラノ&テノール二重唱)
       "乾杯の歌"(ソプラノ&テノール二重唱)

【及川浩治】 リスト : ピアノ協奏曲 第1番

【ジェームズ・ゴールウェイ】
ヘンリー・マンシーニ : ピンク・パンサー
            : 仔象の行進(『ハタリ』より)
            : Pie in the Face Polka(『グレート・レース』より)

モーツァルト : トルコ行進曲(with ジニー・ゴールウェイ)
モーツァルト : フルート協奏曲 第2番 より 第3楽章
レスピーギ : 交響詩「ローマの松」
          ボルジア荘の松 カタコンブ付近の松
          ジャニコロの松 アッピア街道の松

A 8,000円 B6,000円 C4,000円 完売御礼


何故か大フィルとローマの松をやるととんでもなく良い演奏になる。不思議だ。


井上道義の上り坂コンサート Vol.7
《CLASSIC!JAZZ!!TANGO!!!》

2007.10.20(土)14:00開演 *13:30からプレトーク

神奈川県立音楽堂 木のホール

アルチュニアン : トランペット協奏曲(菊本)
モーツァルト : サックス協奏曲第一楽章(オーボエ協奏曲の編曲:矢野)
ネストル・マルコーニ : バンドネオン協奏曲(日本初演:三浦)
ピアソラ : ブエノスアイレスの秋
ヴィヴァルディ : ヴァイオリン協奏曲集《四季》より ヘ長調「秋」

菊本和昭(Tp), 矢野沙織(A.Sax), 三浦一馬(バンドネオン)
神奈川フィルハーモニー管弦楽団

指定: 一般4,000円 学生・シルバー3,500円[シルバー券は,満65歳以上]

神奈川県立音楽堂業務課 TEL: 045-263-2567


このシリーズからはどんどん良い演奏家が輩出している。大事にしたい。


■2007年10月27日(土)
サンクトペテルブルク・フィルハーモニーホール
ショスタコーヴィチ:交響曲第6番ほか
管弦楽:サンクトペテルブルク交響楽団


皆が言った。ショスタコーヴィッチでペテルブルグでこんなにお客が立ち上がり拍手をやめないことは、ここ30年なかったそうだ。痺れるほめ言葉だった。