珍しく...感激している。N響にね!みんな全力でこのプログラムに立ち向かった。
南国のバラに限らずヨハンシュトラウスは適当に演奏しても楽しめるので、
しょうもない演奏で終わることが多いが、今日は昔、日本中の人がここ横浜から
あらゆる所へ文字通り渡航!していたミナトカコ!という想いをこめて、 そして
「リニューアルコンサートなんだよ!寿ぎの時だ!」という意味で舞台の薔薇にも
注意を向けてもらう照明と、ウィーンのグリーンツングでのビールやワインを
思い浮かべて欲しくって、酒の飲めない指揮者は本番中にビールジョッキを貰って
指揮・・・。
40年ほどむかーし、このオケの責任者だった長谷さんと言う人が「井上君、君はワルツ
をどう思う?私はとても素晴らしい世界だと思うけど、、、」と言われて
「ううう~~ん僕も好きですよ、でも踊るための音楽なんで、振るより踊りたいです」
と言ったら答えに詰まっていたのを思い出した。・・・のでちょっと僕が15歳の頃
この曲で踊っていた写真を貼ります。
まあ踊ったからって指揮出来るわけでは全くないけれど。
60年前だ。ははは

ルッケルトリーダーはジェシーノーマンがやっても最終楽章は聞こえない曲だ。
カウンターテナーには真の冒険。
でも!聞こえなくっても聴く人間は、それぞれ大いに想像力があることを少し確認出来た
と信じている。ちょっとお能の世界。大人の世界。
藤木大地君とオーケストラメンバーは,限られた練習時間に負けず、今しかない
その時とポジティブに格闘し、刻印した。ここに僕は感激している。、
1曲目の初恋のような香り豊かな世界、
2曲目はきっと妻になったアルマ側から自分を見た音楽、
3曲目の少女の恥じらいのような「男の赤面状態」を茶化しているような皮肉っぽい歌、
4曲目の若者特有の、理由もない孤独感と死への憧れ、
5曲目最終楽章は弦楽器全員を観客側においてでも、自分と言う人類全員と
同じだけ重い存在として大言壮語する神も恐れぬマーラーそのもの。
7番や9番のシンフォニーへ通じる「見えない夜=見えない神」を歌い上げた。
「オルガンシンフォニー」はオルガン=近藤岳さんの安定した精神とセンスによって、
また、道義の古き良き時代的フレンチ趣味嗜好との一晩のアバンチュールに真剣に
飛び込んでくれた今日のN響。
正直言うと今日の記録録音は世に出してしまいたい!
何故なら、この作品は、やれ「水が試験中に振ってきた」「網で舞台が見えない!」と
激しくSNSで罵詈雑言で引っ掻き回す行き過ぎたホールへの愛情?表現?などと
一線を画し、文字通り「赦し!というキリスト教的な祈りそのものを音楽化したもの
だからです。世の中には実に乱暴で雑にオルガンの大音響を待つだけの味気のない演奏
が跋扈しているのだから。
勿論井上もホールというものはセンス良く作られたものを、センス良く運営せねば
ならないと強く思います。サンサーンスは行き過ぎたことはやらなかったという点で
文字通り古典的な天才だった。うーんでもそんな彼も晩年にはドビッシーに罵詈雑言
!!フフフ!!
年取るのはひどく嫌いだ。
俺が・・・・行き過ぎについて・・・・何を言っとるか・・・。