大阪に行く前の日、横尾忠則の展覧会を上野に観に行ったが85歳を超えても、
憑かれたように多作且つ晴れやかな色彩を使う彼の才能に呆れて「天才はこれだ」
作曲家の天才たちと付き合うのは並大抵じゃないと思いながら大阪入り。
飛行場が異常に広く感じるほど足腰がだめなのに驚いた。
大阪音楽大学は、大フィルの監督を始めた時から、岡先生と言う教育に大変情熱のある人の
説得にほだされて、何回か今までも指揮をしてきたが、実は井上には「教育にエネルギー
を使ってこなかった」と言うちょっとしたコンプレックスがあり、(斎藤先生譲りの
オーケストラ至上主義だからやっていたら必ず上の人間、他の先生と悶着を起こしただ
ろうし、可愛い生徒は必ずや触っただろうし、ついてこれない奴にはやめろと言っただろう
から正しいのだが)時折このようなことに免罪符を買うごとく自分なりに身を粉にして
指揮をしてきた。どういうわけか自分の精神年齢は、中学生程度と思えるところもあり、
何処か子供や若人とテレパシーが合うようだ。
もちろん人生最後の「春」の祭典はヨレヨレの腕や足腰の蚊が血を吸うように彼らのエネル
ギーをもらうつもりで決めたプログラム。葬式に中西れいさんと参加した芥川也寸志さんの
単純な日本的な清々しい小曲から自分たちの音楽とは何かと考えてもらったり、昔監督
だった京響のトランペット奏者であった菊本君にも若さで俺を辱めて欲しかった。
でも、どうも結果は逆さまで俺の血をみんなは吸いまくっていたのかもしれないと感じた。
散歩する場所がなくて好きではない大阪の街も今や歩く気もないし、寒風吹きすさぶ5日間
の以上彼らとの共同作業は実に楽しかった。でもこれでは情けないではないか!
若者は能力の落ちかけた年寄りなんか踏み越え、父親なんか殺して、男女は誘惑しあい、
生まれた国でさえ革命を起こし、理想の未来を建設すべきではないか!少なくとも、僕は、
山岡優子(ピアノの先生)を越え、斎藤秀雄(指揮の先生)を神格化なんぞせず、
チェリビダケ(大指揮者)をさえ罵って、父には殺意さえ抱き(誤解した存在と知った)
自分の音楽や生き方を作って来た。
芸術、舞台、は絵空事!それらの比喩。勿論、そこだけに本当の自由はあるのだから。
出る杭、臭いもの、が無い!!
横尾さんの寒山拾得にはそれがある。吐き気さえも。

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