新日本フィル #635 ジェイド<サントリーホール・シリーズ> 井上道義×新日本フィル 魂のショスタコーヴィチ

2021.07.03
東京都 : サントリーホール 大ホール
午後 2時開演

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ショスタコーヴィチ:ジャズ組曲第2番より抜粋
ショスタコーヴィチ:交響曲第8番 ハ短調 Op. 65

新日本フィルハーモニー交響楽団


チケット: S席:8,000円 A席:7,000円 B席:5,500円 C席:4,500円 P席:4,000円
演奏会お問い合わせ先: 新日本フィル・チケットボックス Tel.03-5610-3815

【道義より】

終わった! ハ短調!!ベートーベンより2面性のある大きな才能かも知れないと
感じさせる経験だった。新日フィルが完全復調したように感じた。

難曲で超名曲。
すべての演奏者の全能力を捧げることが必要で、こんな曲、軽々しく演奏出来る
わけもなく、俺もまだ四回目だ。テンポは今回やっとこれで良いと言えるところ
に到達したと感じている。作曲家の書いたテンポというのは、正しくもあり、
ホールの音響環境による微妙な差を見つけ出すのは指揮者の最も重要なタスクだ。
例えば3楽章の無窮動の恐ろしくも無慈悲なヴィオラから始まる枠組みに続く取り
組み、最近とみに女性が位置を占めている弦楽器陣。男顔負けだった。
SUNTORYホールの祝祭環境にNJPは勝った。

以前愛していたNJPだったが、この20年、コジンマリしてると感じていた。
SUNTORYはショスタコには向かない響きだぞ、と皆に何度も声を大にして
(喉の調子はダメだが)あの手この手でこの、冷徹さと皮肉こそがもっとも人間の
正直な内面存在の発露、きれい事ではないだろうと皆と係わり、現実そのものを音と
舞台でのかたちとして届けようと努力した結果の演奏だった。
コンマスのチェさん(日本でショスタコやるには東フィルの荒井さんと双璧で彼なし
にはこうはいかなかった)を初め、イングリッシュホルンの森さんは慰めの音楽、
フレンチホルンの日髙さんは疑問を問いかける哲学者のような意味深長な旋律、
進境著しいトランペット市川さんの力強く、有無を言わせない教条的な存在としての
柱のような響き、バスーンの河村さんの明日への希望そのもののような暖かな微笑み
の音色とリズムの妙なる編み込み、上品な長谷川さんチェロソロ、常に全体を見渡し
揺るがないティンパニーの川瀬さん、イケメンとゴタメンがショスタコそのものの
ようなトロンボーンの山口君・・・・いつの間にか長老になったピッコロの渡辺さん。
皆一流だった。感謝。
普通こういう風に名前を挙げる事を嫌う俺だが、今回は何処か同窓生のような気持ち
を持っているこのオケのメンバーだから・・・・常に隙だらけで片手落ちが多い道義だが
お許しを願う。


前座???で、とは言いがたいショスタコの二面性を持つ恐るべき才能を8番の前に
強いコミットメントを持って井上の欲する音世界を新日は実現してくれた。
ジャズ組曲第2番(ホントは違う名前だが愛称として使わせて欲しい!!)
! やって良かった  !
サックスもアコーディオンも役者がそろい、今日は思い残すことはない。
録音はエクストンから近くライブ録音として発売されます。
録画がどうなったか心配しているが、道義亡き後、きっと遺品として輝いて欲しいと
思う。ワザとざらざらな画面とかにしてみますか??
しかし定期会員の皆様!!!
切符を無駄にタンスに入れておかないで下さい。
もったいないじゃないですか!冷凍食品とはわけがちがう。
コンサートに来ることを不要不急のことと感じる方は、俺のお客さんではないし
ダンスコーレーシャするからシッタコッチャナイけれど。


=以下の文はコンサートのかなり前に前ぶりとして書き置いたものです=

実は8番は余り数多く振ってきていない。
今回喜々として楽譜と以前の日比谷での自分の録音を参考に向き合っている。
むかーし~~むかーし、友人のロシア人バイオリニストボリス・ベルキンに
(80年代ロンドンに居た頃)「MiChiは8番を振らないといけない!」と唐突に
言われ、「ええ?あの長くて暗いのかあ...イヤ~(?_?)何故?」と尋ねたら、
名曲だから!!と言った。
1番9番7番15番ぐらいしかよく知らなかったし、そう、何時か~と思ったのは
もう40年前。それから全曲演奏会までやってしまったMICHIだが、
今また見直しても8番・・・・ショスタコの皮肉さが全曲に満ちていて上手く
それを表現するのはなかなか難しい。特に響きが廻りやすいサントリーホールで。


1楽章はなんとまるで「ついに名曲出現」世間と言われた5番の1楽章にそっくり
な顔で出てくる。そう、あの作品で彼は「成功」し「名誉を得た」8年後、それは
もう遠い過去の回想のように扱っている。
6番で「初心に返って自己の自由を描く普通の交響曲に戻ろう」と心ゆくまで試みた
あと、故郷レニングラード攻防戦を交響曲7番にしなければならなくなり
(幸か不幸かそれを真の反戦の作品として何人にも判るように昇華し)
ドイツが冬将軍に負けてなんとかソヴィエト側はの勝利となるが、まだ戦争が
続いていた時期、1943年、疎開先からモスクワに戻っての作品だ。
自作の5番を万人向きのわかり易いモノとして書いた自分を皮肉っぽく笑い、
生き残っている自分の運命へのレクイエムと、人びとの止むことない勝利への渇望を
距離を持って鳥の目で望むような音楽。
一瞬自分の名前の刻印レミドシ音型も悪戯のように隠されている。

2楽章は対照的に自分から湧き出る素直な生命力の表現。それは隊列や、強力そうな
軍艦などを見たとき誰もが感じる興奮のようなもの。

3楽章はさらに全てを忘れて人びとと同調するときのある種のエクスタシーの音楽。
例えてみれば全ての団体競技、宗教行事、マスゲーム、国家行事、一度進み出すと
抗うことは悪と他者に思われる一種の狂気の乱舞音楽(7番の1楽章も同様)は
コクミンとしてはそのまま4楽章のパッサカリアへ進む事しか出来ない。

すなわち逃れることが不可能な時代の運命の下に生きなければならない人そのもの
への悲歌か牧歌か賛歌か・・・・それこそ神が彼に描くことを命じた運命だ。

現在の人類を取り巻く不信と不安も、すべてこの楽章に描かれている。
太陽や地球や月は今も何も変わらないで廻っているのに。
人は必ず受け入れねばならない、避けられない死への無意識的な恐れとともに、
常に何かを選ばねばならない自由を逆に苦しんでいたいのだろうか?

作品は疑問符でもって優しく閉じられる。

 



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